イメージ・コレクション其之一

『福音の光』の寓意画 ( エンブレム )


最初に掲げた図1は、1655 年アムステルダムで刊行された『寓意画の秘密のヴェールの影に隠された福音の光』の扉絵銅 版画である。著者はH・エンゲルグラーフというイエズス会士であった。

グーテンベルク以後の印刷術の発達に伴い、16、 17 世紀の 200 年間に大流行した寓意画は、R・カイヨワに従えば「なにかしら秘密の意味の、あるいは聖なる教えの、運び 手とみなされてもいたのであ」り、「今やイメージは、テクストの単なる置き換えに甘んじることなく、その挿画にとどまる こともない。筆舌にはつくせぬ啓示を、不完全な人語をもってしては遂に把捉不能な、全的かつ瞬間的ヴィジョンを、奥義 体得者たちに伝達しようとしているのであった」(注)。対抗宗教改革の旗手イエズス会にとっても、寓意画はきわめて有力 な武器であったと言えよう。

図の左上方から来る光は、右の四福音書記者を表すイメージ、鷲(ヨハネ)、牛(ルカ)、ライオン(マルコ)、人間(マタ イ)に支えられた聖書に当たり、さらに反射して表題の書かれたヴェールに至る。その四隅を持っている天使たちは、それ ぞれ暗箱や虹などの光学現象を映し出している四枚の鏡を掲げている。神の福音の光は聖書の言葉となり、あたかも幻燈の ようにそこから投影されてヴェール上に寓意画の像を結ぶのである。だが寓意画自体が「秘密のヴェール」でもあり、光は その影(像)に隠されている。この扉絵自身も寓意画の寓意画なのだ。

図2は同書収載の、暗箱(カメラ・オブスキューラ、 暗い部屋の意。現在のカメラの語はこれに由来する)を描いた寓意画であり、マニエリスム的な皮革細工紋様の枠によって、 この光学現象そのものも丸鏡に映し出された鏡像であることを示している。

本来影を照らし出し、謎を明るみに出すべき光 の現象それ自体が、神の不可視の光の寓意であることを示す寓意画、それもまた鏡の中の暗箱の像なのである。

図3は 16 世 紀のプロテスタント神学者J・アルントの寓意神学書『真のキリスト教』収載の、同じく暗箱を描いた寓意画で、銘文には「闇と化し、逆様に」とある。

神の光に照らされた姿も暗い魂の中には逆様に写ることを意味している。後にはイメージ表現 を厭う新教神学も、当初は寓意画を積極的に活用していた。エンゲルグラーフと同時期に、同じくイエズス会士であったA・ キルヒャーはその著『光と闇の大いなる術』中に「魔法の洋燈 ( ランテルナ・マギカ )」、即ち幻燈の図と説明を史上初めて 収録し、これによりキルヒャーは映像史の始祖 ( パトリアルヒ ) となったのである。

この連載では、筆者収集の映像前史、図像学関係の資料にコメントを付して順次掲載して行く予定である。


注 『幻想のさなかに―幻想絵画試論―』ロジェ・カイヨワ著、三好郁朗訳、法政大学出版局、1975 年刊 68 頁




図版 所蔵:松本夏樹

撮影:原田正一

デジタル制作:福島可奈子



図1

図2

図3