2019年10月発行
映画のイコノロジー飛行新聞 Die ikonologische Flugzeitung des Kinos Vol.7-1
(飛行新聞 Die Flugzeitung とは、グーテンベルクの活版印刷によって宗教改革時代以降、カトリックとプロテスタント両派が宣伝合戦を繰り広げたビラに由来する。つまり現在のフライヤーのこと)
ヒッチコック『鳥』
松本(以下略):理由もなく鳥が襲ってくる映画です。
【オープニング】
このオープニングタイトルの字が割られているというか、鳥につつかれているのが最初から恐怖感を煽る。音楽がないでしょう? ただひたすら鳥の鳴き声と顔と。効果音は何か電子的な音を、この時に初めて実験的に合成したらしいです。非常に画面作りに凝っている映画でして背景に絵を合成したりね。ナトリウムプロセスという黄色で抜くとか。一番多い所でワンシーンに32か所、合成しているそうです。
【バードショップの場面】
(店の前)いかにもお金持ちのお嬢さんメラニー。もうこの辺から不安がね、鳥が騒いでいる。
あ、ヒッチコック自身です。これ、本当に彼の愛犬です。
(バードショップ内)
ミッチが妹キャシーの11歳の誕生日に「ラブバード」のつがいをプレゼントしようと来店。
実は法廷で対決を繰り広げた相手ですね。メラニーは咄嗟に店員になりすますが、弁護士のミッチは訴訟相手のメラニーと知ってわざとからかう。
【メラニーがミッチの居所を探り出し、ラブバードの鳥籠を車に乗せて走る場面】
ここ可愛いですよ。(笑)
(山並みの風景を指し) これ、絵です、合成しています。ここもそうです。
ある種、荒涼とした、荒野の中に湾がある。このように強調した絵を作る、それには意図がある。
【ミッチの元恋人である小学校教師アニーの家を出る場面】
怖いですね。 (見送るアニーの目線) 怖い。 ここでちょっと飛ばします。
【メラニーがミッチの家に入ってきた場面】
ボートを降りて家の中に来たけどミッチはいない。こっそり鳥を置いていこうとしています。
【メラニーが再びボートに乗り込み戻ろうとする場面】
ここでミッチが気づいて湾の向こう側へ車で追いかけようとします。
これ、すごく良い合成で当時の最新式の合成でブルーのちらつきが見えません。
これナトリウムプロセスというらしくて黄色合成なんですね。ちょうど、この年にディズニーが開発したもので、ディズニーが協力しています。
【湾の食堂でミッチにカモメに襲われた傷の消毒してもらっている場面】
メラニーはミッチに友達(アニー)に会いに来たと言っている ⇒ 嘘をついている。
ミッチの母リディアが入ってくる ⇒ ここでもう一人の女性が登場します。
【夕食に招かれたミッチの家を訪ねた場面】
母が電話をしている。 ⇒ ここでニワトリが餌を食べないという話が出てくる。
メラニーがピアノを演奏しながらキャシーと話している 。
⇒ キャシーは都会のメラニーにすごく憧れを持っています。
【夕食後、アニーの家に戻った場面】
ミッチからの電話に出たメラニーの会話を聞いているアニー。 ⇒ 本当に恐怖映画ですね。
【キャシーの誕生日パーティーの場面】
丘の上で会話し、皆の所へ戻ってきたミッチとメラニーを見たアニー。
⇒ アニーは気もそぞろです。お母さんもそうです。
キャシーは11歳で、メラニーが母を失ったのと同じ歳です。
【誕生日パーティーで鳥に襲われた後、ミッチの家で夕食を取る場面】
暖炉から鳥の群れが襲来し追い払った後、割れたティーセットをていねいに片付ける母。
⇒ これはメラニーの目線でカメラが動いているわけですね。
傾いた夫の肖像画を直し、鳥の死骸らしきものを見て声を上げる。
⇒ 4年前までは夫がいてきちんとしてくれたということですね。
【ダンの農場を訪ねるリディア】
夫の死後、養鶏を始めたという事でしょう。で、友人のダンの方が養鶏の先輩なんでしょうね、やはりニワトリが餌を食べないというので聞きに来た。
家に入ったリディアが見たもの。 ⇒ 割れたティーセットですね。
【ダンの死体を発見し車を猛スピードで走らせて帰った母にお茶を用意するメラニー】
残ったティーセットですね。
【キャシーの学校に入っていくメラニー】
子供たちの歌声。 ⇒ ここで聞こえているのは民謡ですけど大した長さがなくて歌詞を作って伸ばしたらしいです。メイキングで言っています、未だに作詞の印税が入ると。
【子ども達が学校から避難する途中】
逃げる子供の一人が鳥に襲われ転び「キャシー」と叫ぶ。
⇒ 鳥につつかれて眼鏡が割れるんですね。
【小学校から避難し湾の食堂で新聞社社長の父に電話で経緯を話すメラニー】
アマチュアの鳥類学者バンディ夫人が入ってくる。 ⇒ 今日のメインの不穏な女です。
酔った男が「世界の終わりだ」と聖書の言葉を引用する。
⇒ 調べました。エゼキエル書第6章。エゼキエル、預言者ですね。国を滅ぼされてメソポタミアに拉致されている人々の前に現れる。聖書から引用する。→そのとき、お前たちは わたしが主であることを知るようになる……。イザヤ書ですが、朝から酔っぱらった人が言ったことなので嘘かと思いましたが、ありました。イザヤ第5章第1節「ぶどう畑の歌」を引用。
結局、レストランの奥さんの言ったことを受け、同じことを言っているわけです。こういう酔っ払いに聖書を引用させるということはよくあります。
鳥類学者のバンディ夫人が、鳥が人間を襲うことなどあり得ないと言い、食堂の客たちと議論しているのを聞き、怖がる母子連れ。
⇒ この母子は、ちょうど男の子と女の子を連れていてリディアと同じです。
酔っ払いが鳥について聖書を引用。 ⇒ これも新約聖書ですね。
ミッチが食堂に来て、漁師に町の人達に鳥への注意喚起を頼む。 ⇒ 名前が皆、聖者の名前です。
鳥が港へ襲来し、ガソリンスタンド店員が襲われガソリンが漏れ出す。流れ出たガソリンにマッチの火が引火し爆発を起こす。 ⇒ ここも合成をしています。次のカット割りをよく見てください。
(窓際で食堂の人々が叫んでいる中、メラニーだけが、スナップ写真の様に止まっているカットの連続)
鳥の襲撃を避けて食堂に戻ったミッチとメラニー。食堂の片隅にかたまっていた女たちはメラニーを睨みつける。鳥類学者のバンディ夫人だけは背を向けている。子連れの母親がメラニーを邪悪な者として責める。
⇒ 殺されたダンはダニエル、イザヤ、エゼキエル、エレミアと共に終末の預言者です。
ミッチの本名はミッチェルすなわち大天使ミカエルです。ボデガ湾は「サンフランシスコ」の近く、道が「サンタクルス」、「サンタローザ」に延びている。
メラニーがローマで泉に飛び込んだというのは、ヴァチカンに対して不敬です。
ダンが目をえぐられていましたね、あれは預言ができないという事です。
バンディ夫人、鳥類学者が科学的にあり得ないと言っていたのが変わりましたよね。後ろ向きに座っていた。彼女の世界観が崩れ、あの女が魔女だと言ったわけでしょ。メラニーが来て、あれが操っているんだと。およそ彼女の中になかった終末とか預言というものが一瞬にしてひっくり返って出てくる。人格が変わっている、それが不穏な女です。ここに出てくる女は皆、不穏なものを心に持っている。リディアのアニーに対する嫉妬、息子のミッチを取られるといったもの。キャシーがメラニーに対して親和性を持つ、キャシーはメラニーが母を失った11歳と同じ年齢であるという事。各々が持つ不穏な材料がだんだんに高まってきて、それが鳥の動きに集約されてくる。因果関係はないですが、鳥はキリスト教では神の使いであり聖霊であって、天から降りてくる。俯瞰で火が燃えている所へ神の視点から鳥が降りてくる。鳥は終末そのものです。この映画は1963年です。アメリカ人は皆、意味不明な事で核戦争が始まるかもしれないという恐怖を抱いています。もちろんアメリカは繁栄していますよ。ここでは女の心、母親であったり娘、恋人や元恋人など様々な女の心が錯綜して不穏になっていくわけです。
鳥が増えていくのは不安ですよね。この映画はタブーを破っています。子供たちが襲われるというようなシーンは今まで描かれる事はなかった。ハリウッド映画ではあり得ない、絶対なかった事です。
これ、やっちゃっています、子どもがつつかれて血まみれになる。この後もまずないですね。
この作品の原作はショートショートの短いもので、ヒッチコックはテレビのヒッチコック劇場用に買ったんですよ、本当は。恐怖が三層になっているんですよ、この映画は。まず鳥の攻撃や行動、女の心の不穏さ、そして黙示録的なもの。やっつけてしまえば、それで終わりという話かといえば、そうはいかない。鳥は神の使いでもあるから尚、質が悪いんです。
【アニーの家、キャシーを迎えに行ったミッチとメラニーはアニーの遺体を発見する】
家の庇に止まっていた鳥にミッチは石を投げようとする。
⇒ これも聖書の言葉ですね。「初めに石を投げるのは誰か」
【いつ来るかわからない鳥の襲来に備え、家で不安な時を過ごすミッチ、リディア、キャシー、メラニー】
飲み終わった茶器を台所に運んでいくリディア。 ⇒ まるでミサのような持ち方ですね、4年前まで家族が平穏だった頃の象徴です、このティーセットは。
【鳥が家に襲来した場面】
一旦襲撃が止み、皆がうたた寝をしている中、メラニーが2階の部屋の異音に気付き階段を上がる。
⇒ なぜ一人で行くんでしょうね。
スポットを当ててカメラと一緒に動いていくのですが、ここちょっと覚えていてください。
2階の部屋で鳥に襲われ、ミッチとリディアに助け出され、階下で手当てを受けるメラニー。
⇒ 今の所は代役だったようですね、顔が見えなかったでしょう?入院してたんです。
この撮影に5日間かかった後に気を失って1か月ほど入院したそうです。
【家から静かに車を出す場面】
⇒ 鳥の海をかき分けていくシーン、これはイスラエルの民を率いて紅海を割って進むモーセと同じ。
ミッチは大天使ミカエルですが預言者モーセでもある。一番安全なのはラブバードだけです、籠に入れられている。エデンの園のアダムとイヴのように。
【エンディング後】
⇒ 3層もしくは4層ぐらいの仕掛けで終末を描いています。
あの当時1950年代から1960年くらいってアメリカではテレビでファミリー物、「パパは何でも知っている」、「うちのパパは世界一」とか家父長がいつも全部の裁きをするような。ただ、こういうのは偽りの幸せであって、東西の冷戦で核戦争がいつ起こるかわからない。そういう不安の中で暮らしている。そういう恐怖をあぶりだす聖書的な黙示録的な終末というのは一番効いてくるんですよ。『鳥』公開前年1962年にキューバ危機がありました。
ヒッチコックはイギリス人です。アメリカ人がそういう恐怖を味わうのはむしろ楽しい。あの映画の中ではタバコが大きな役割を担っています。火事の場面でもそうですし、一方でミッチを巡ってのアニーとメラニーの探り合いでもタバコですよね。もちろんバンディ夫人もそうです。火をつけるまで時間がかかり今か今か手が燃えるぞという、ずっと火をつけたまま喋り続ける。
ヒッチコック『断崖』
【オープニング】
⇒ これは本当に駄作なんです、申し訳ないが。でも不穏な女の肖像ということで見てもらいたい。
ま、ダメな男がいてですね。その男が名家のお嬢様と結婚します。
⇒ ヒッチコックはですね、金髪の女性が嫌いです、眼鏡の女性が嫌いです、そしてタバコを吸う女が嫌いです。
【教会に入るか散歩に行くかをコインで決めようと持ち掛ける場面】
⇒ もちろん裏しかないコインです。当然です。
【ジョニーがリナに電話をかけてきて会う約束を断ってくる場面】
⇒ 決まり手ですね。
【リナの家の書斎、父親の肖像画の前で結婚を申し込む】
⇒ 父親に反対されているので彼女は家出をするわけです。
【新婚旅行から新居に戻った2人、ジョニーが文無しであることに呆れるリナ】
⇒ お父さんからの結婚祝いです。お金かと思ったら古い椅子が届く。
【街中の本屋の前】
⇒ ここで2人、重要な人物が出てきます。(本の扉写真が映り)もうほとんどアガサ・クリスティーですよね。イゾベルという推理小説作家です。
【再び本屋の前】
⇒ これ、ヒッチコックです。
【車に乗った知り合いの女性からジョニーが仕事ではなく競馬場に行っているとを聞き、会社を訪ねる】
⇒ 2000ポンド横領してクビになったと知らされます。
【家に戻り荷物をまとめるリナ】
⇒ もう愛想を尽かしています。ここに警察が来ます。さっきの友人がパリへ財産処理に行ったんですがブランデーを飲んで亡くなったと聞きます。
【推理小説作家を訪ねるリナ】
⇒ 意見を聞きに行きます。
【イゾベルの家での会食 イゾベルと検視官の弟、ジョニーとリナ夫妻、男装の女性】
⇒ 殺人に関して、跡をたどれない毒があると言う話をイゾベルはあっさりとジョニーには話してしまう訳です。
【リナとジョニーの家、寝室でもう自分はジョニーに殺されると覚悟をするリナ】
⇒ ここではジョニーがよく眠れるようにとミルクを持ってきます。これが有名なシーンでミルクが光っている。わざとミルクの白さを出すために豆電球を仕込んでいる。特撮できませんからね、この頃は。どうしてもミルクに注目させたい、影の中で浮き上がる。もう誰が見たって毒が入っている。
【止めて終わる】
⇒ これ、オチがあるのでね。鳥はなかったのですが、これから見る人のために止めておきます。
この不穏な女の肖像というのを僕はイゾベルとバンディ夫人の2人に見たんですね。他にも不穏な女は出てきますが、この2人は無邪気というか。推理と弟の検視官にばれない犯罪というのを話してしまうイゾベル。本来作家というのは自分の手中にあるわけじゃないですか。でもここでは結果的にリナが狙われるような状況を作ってしまう。バンディ夫人は突如魔女狩りの煽動をしてしまうような、科学的なものが一挙に崩壊してしまいますね。実はヒッチコックシリーズにはこうした女が他にも出てきます。3回シリーズではこういった女を見ていきます。今回はヒッチコックが意図的に作り出した不穏な女を取り上げてみました。
それでは、これで終わります。ありがとうございました。