2019年9月発行

映画のイコノロジー飛行新聞 Die ikonologische Flugzeitung des Kinos Vol.6-1

マルセル・レルビエの「人でなしの女」とカレル・ゼマンの「悪魔の発明」ー19世紀と20世紀の空想科学ー

『イニューメン(人でなしの女)』 は1924年マルセル・レルビエ監督作品。初上映当初は物議を醸し公開中止となったりもした。主人公の歌手クレール・レスコーを演じたジョルジェット・ルブラン(「アルセーヌ・ルパン」の作者モーリス・ルブランの妹でモーリス・メーテルランクの恋人)が映画製作の資金を提供したアメリカ人を紹介、条件として主演女優とフランス現代アートの傾向を盛込むことを提示した。レルビエは美術をフェルナン・レジェに託した。歌手クレールが歌う劇場シーンでは、ロシア・バレーの影響下に成立したスウェーデン・バレー団が出演している。ルブランは当時アルメニア人神秘家グルジェフと交際していたともいわれる。

ブラヴァッキー夫人の神智学に心酔していた初期カンディンスキーのロシア民話風の作品〔図2〕との共通性がスウェーデン・バレー団の舞台シーン〔図10〕には見られる。

図2.「ロシア民話を主題とした初期カンディンスキー作品」
図10.「スウェーデン・バレー団」

クレールの取り巻きの1人である煽動家(アポステル)はクレールと共にソファーで阿片パイプを燻らせながら、モンゴルでの革命運動にクレールを誘う。なぜモンゴルの革命運動なのか。

〔図7〕〔図8〕このアポステル(使徒の意味もある)の人物像には「恐怖の男爵」と呼ばれたロマン・フョードロヴィチ・フォン・ウンゲルン=シュテルンベルク男爵の姿が反映されているのかも知れない。先祖はバルトのドイツ騎士団、オーストリアのグラーツで生まれ、ペテルブルクに移りハバロフスク軍事学校に学んでロシア軍人となる。

1917年ロシア臨時政府によりセミョーノフ将軍配下として極東ロシアに派遣され、10月革命に抵抗する白軍を指揮した。モンゴルに進駐した中華民国軍を破り外モンゴルを支配。1921年にチョイバルサン率いるモンゴル人民党と赤軍の連合軍に敗北、同年銃殺刑となった。男爵の曽祖父はインド洋の海賊であったが仏教徒となり※、男爵自身もモンゴルの反共仏教徒軍を組織して独特の終末論的仏教による白色革命のアポステルであった。

図7.「モンゴルでの革命煽動」
図8.「阿片を吸うアポステル」

彼は軍団に阿片吸引を許していた。彼の盟友は「復讐者のラマ僧」と称されたダンビン・ヤンサン、タントラ派チベット仏教僧で捕虜の生皮を剥いで作った椅子に座り、またその血で軍旗に魔術記号を描いた。ヤンサンは男爵と同じく地下の超人帝国アガルタから来る救世主による最終革命を奉じていた。不死身といわれたヤンサンを倒すためにモンゴル人民党のチョイバルサンの命を受けた族長バルタン・ドルジェは一計を案じ、計略にかかったヤンサンの首を撥ね、その心臓を食べることでヤンサンの超能力を得たと宣伝、彼の首を槍に差してモンゴル全土を巡ったが、ヤンサンはまた蘇ると信じる者が絶えなかったという。

ディアギレフ率いるロシア・バレー団が1909年パリで「イゴール公」を初演したとき、その舞台美術を製作したのもチベット仏教と地下のシャンバラ帝国を奉じる画家ニコライ・レーリヒであった。ウンゲルン=シュテルンベルクの親戚にあたるヘルマン・カイザーリンク伯爵はR・シュタイナーを敵視し、自ら「叡智の学院」を設立、講演者にC・G・ユングを招いたが、ユングはスイスの神智学信奉者オルガ=フレーベ・カプテイン夫人の組織した講演会「東洋と西洋のヨーガ」で講演、これが後のエラノス会議となる。

※ ゲーテを師とあおぐ画家C・G・カールスが「ゲーテの墓」を描いていたアトリエを1832年文人ティークと共に訪ねたのは、その息子のウンゲルン=シュテルンベルク男爵である。


「イニューメン」は当時のアヴァンギャルド芸術の見本市のように評されることが多いが、時代の潮流としてのオカルティズムが作品の背景にあることもまた事実である。

クレールの取り巻きの1人であるインドのマハラジャのジョラが横恋慕から毒蛇で彼女を殺すが、若き技術者ノルセンが蘇生させる。この蘇生が行われる実験室はフェルナン・レジェが全て製作している。そこでノルセンの助手たちが繰り広げる慌ただしい機械的動作は〔図20〕〔図21〕、同時期のバウハウスでのオスカー・シュレンマーの立体派バレーを想起させる〔図4〕。因みにバウハウス創立者グロピウスもまたカンディンスキーと同じく神智学の信奉者であり、講師のヨハネス・イッテンはヨガ的新宗教マツダツナンの信者である。

図20.21. 「助手たちの機械的身振り」

図4-1.4-2. 「オスカー・シュレンマーの立体派バレー」

ノルセンが実験室で被るマスクは、レントゲン技師か紫外線を発する電気溶接のマスクを思わせるが〔図17〕〔図18〕、この「電気的」作業がクレールを蘇らせる。しかし『フランケンシュタイン』で用いられる雷の光とは違い、ここではあくまでも冷たいネオンの光が支配している〔図22〕。F・レジェの作りあげた実験室は、『悪魔の発明』や『フランケンシュタイン』の19世紀的科学=魔術の世界とは根本的に異なる20世紀の科学技術の讃仰に基づいており〔図6〕〔図12〕〔図14〕、そこにはTV中継までもが予見されている〔図15〕。

図17.18. 「マスクを被ったノルセン」

図22. 「蘇るクレールとノルセン」
図6.「フェルナン・レジェ『メカニカル・エレメンツ』」
図12.14. 「ノルセンの実験室」

図15. 「ノルセン発明のTV中継装置」

しかし同時に『悪魔の発明』に登場するプレ映画機械のような〔図23〕、ゾートロープやフェナキスティスコープを思わせるストライプの前にうごめく影の情景も出現する〔図16〕。ノルセンの瞳の光(撮影時にはアーク燈の強烈な光をあてた為、ノルセンを演じたJ・カトランは悲鳴を上げた)や顔の変貌シーンは、科学技術というよりも、むしろ光学魔術と称してもよいレルビエの映画思想が現れている〔図11〕〔図13〕

図23. 「『悪魔の発明』に登場するプレ映画機械」
図16. 「マハラジャのジャラが見る廊下のクレールの影」
図11.13. 「ノルセンの瞳の光と顔の変貌」