2019年6月発行

映画のイコノロジー飛行新聞 Die ikonologische Flugzeitung des Kinos Vol.3-1

『天空の城ラピュタ』は、飛行石を操り空中都市を築いたラピュタの文明が滅んで約700年、地下資源を採り尽くした鉱山町から話が始まる。もはや飛行石を結晶させる技術は失われ、産業革命期のように石炭に頼った世界である。初期ダイムラーベンツのような自動車や電灯、無線通信もあるが、蒸気機関中心の文明だ。

鉱山で機械技師の徒弟として働く少年パズーの父親は生前、軟式飛行船に乗って天空の城ラピュタを探し、その写真を撮った。パズーの部屋に掛けてあるその写真には1868年7月の日付がある。

この時代の前後は、石炭から石油、そして電気へとエネルギーが目まぐるしく変化を遂げる時期であり、そしてこのエネルギー源の変遷が、ラピュタの飛行石とメリエスの魔術映画を繋ぐ鍵でもある。

18世紀中期からの電気学は、一方では魔術的理念と分かちがたく結びついていた。ライデン瓶とエレキテルは不可視の力を顕現させ、ガルヴァーニ電気はメスマーの動物磁気説とその治療術、さらにはシャルコー派の催眠術を経てフロイトの精神分析学に至る。電気現象と催眠術、千里眼と無意識世界の探求にはさほどの径程はなかったのである。他方、電気エネルギーの利用はエレキテルのように万能治療器ともなり、後には電灯やモーターとなった。そして電磁気学から電信の軍事利用へと繋がった。

石炭による蒸気機関は植民地からの原料獲得とも相まって大英帝国を形成した。アメリカは灯火と機械油用に鯨油を求め、ハワイを捕鯨船寄港の為に奪取し、また日本に開国を迫った。だが南北戦争を経て、奴隷による英国輸出用綿花生産に頼る南部州は敗れ、商工業中心の北部州からアメリカの工業化が始まる。この戦争の時期に石油精製が成功し、その後の自動車と飛行機の時代をアメリカがリードすることになる。 しかしアメリカのピューリタニズムは急激な近代化を前にして信仰の土台が揺らぎ、19世紀中期以降のスピリチュアリズム大流行の魁となった。

同時にフーディニを代表とする奇術師たちが心霊術や霊媒のトリックを暴くと共に、不思議なイリュージョンをショーとして近代大衆社会に提供した。また物理学者のキュリー夫人やオリヴァー・ロッジ、陰極管の発明者クルックス卿らが心霊協会を結成して心霊現象を調査したり、クリスチャンサイエンスや、元霊媒のブラヴァッキー夫人の神智学運動が起こされたりもした。

大奇術師フーディニの名にあやかったロベール・ウーダン劇場を得たメリエスにとって、リュミエール兄弟のシネマトグラフはウーダン劇場の電気仕掛けの自動人形と同じく、あくまでも大衆に魔術的イリュージョンを見せる奇術ショーの延長上にあったのである。

メスマーの治療室にはグラスハーモニカがあり、動物磁気の活性化にはその響きが効果的だとされていた。オーストリア政府は催眠術と霊媒現象を喚起するとしてこの楽器を禁止した。ヴィーンのフリーメイソンを通じてメスマーの知人であったモーツァルトは、グラスハーモニカの為に作曲している。ガラスの皿を手や鍵盤で擦って音を出すこの楽器は、ガラス球を擦って静電気を発生させるエレキテルと同じものと見なされ、ここでも電磁気現象と催眠術治療、心霊術や千里眼が結びついていることがわかる。

さらに興味深いことに、フリーメイソン思想に基づいたオペラ『魔笛』初演時にシュヴァルツが発案した「太陽の神殿」の舞台装置には、神殿の頂上に飛行石と同じ八面体が描かれている。この八面体は当時の錬金術的フリーメイソンで「空気石」と呼ばれ、賢者の石と見なされていた。 ラピュタ王族の子孫であるシータの飛行石は、ロボットを甦らせ、天空の都市の位置を光線で示す。つまりこの石は遠隔通信にも反重力装置にもなるエネルギー源である。クルックス卿の陰極管によるレントゲン線も物質を透過して写真撮影ができる不可思議な光線とされ、当初は奇術のような見世物とされた。またキュリー夫人発見のラジウムも、万能の治療効果がある「賢者の石」と見なされた。明治に西洋「科学」として伝来した催眠術は心霊現象と区別されず、また霊能者が遠隔地や物質内部を透視して写真に写す「念写」実験では、念写対象が放射線を通さない鉛で覆われた。また霊媒術に使うプランシェットは、電信のモールス信号のようにコツコツと音をたてて霊と交信する装置であった。

メリエスにとって運動のイリュージョンを出現させる映画は仕掛けのある魔術ショーであった。だがこの時代は同時に、急激なエネルギー源の変換とそれに伴う近代化の中で、心霊術や催眠術と電気現象や放射線が入り交じる、まさに「空想科学」の時代でもあった。

松本夏樹

図1:モーツァルト『魔笛』初演時の、K.B.シュヴァルツによる舞台装置画「太陽の神殿」

図2:錬金術的フリーメイソンの書『哲学者のコンパス』扉絵

図3:明治時代の雑誌『冒険世界』の催眠術図

図4:ダニエル・ダングラス・ヒュームの空中浮遊図。ブラヴァッキー夫人は霊媒となる前に、ヒュームの助手を務めていたといわれる

図5:メスマーの動物磁気治療

図6:年表

図7:板書