2020年2月発行

映画のイコノロジー飛行新聞 Die ikonologische Flugzeitung des Kinos Vol.10-2


(飛行新聞 Die Flugzeitung とは、グーテンベルクの活版印刷によって宗教改革時代以降、カトリックとプロテスタント両派が宣伝合戦を繰り広げたビラに由来する。つまり現在のフライヤーのこと)


「映画のアルケオロジー」其の1の続き


エミール・レイノーはプラキシノスコープを作り、この玩具が非常にヒットしたので金持ちになって、テアトル・オプティークという幻燈とフィルムを組み合わせた映画直前の映像装置の劇場を作ります。でも2年後にリュミエールがシネマトグラフを公開するのでつぶれてしまう。このスリットの間から見る、鏡に反射させる間歇装置のアイデアは非常によくできている。連続画はリトグラフだということが、もう一つの大事な点です。当時最新の印刷メディアを使っている。

W・ネケス『Film before film』(1985年)より
W・ネケス『Film before film』(1985年)より

これは日本製のステレオスコープですが時代劇の俳優の立体写真を入れて覗きます。

日本製ステレオスコープ

上部が擦りガラスになっていて外の光が上から入るので自然な形で見ることができる。

W・ネケス『Film before film』(1985年)より

ドイツ製ステレオスコープでヌード写真が立体で見えるのですが、鏡があるので鏡像も立体に見えるという面白いものです。

ドイツ製ステレオスコープ
W・ネケス『Film before film』(1985年)より

分子モデルが立体で見える、教育用のもの。

ステレオスコープ

これは「ポケット宇宙顕微鏡」といって持ち歩き出来るもの、プレパラートも付いています。

「ポケット宇宙顕微鏡」

19世紀製の玩具で、今まで見えなかったものをレンズの力で見せるといった趣旨で作られた。顕微鏡には、伝染病が流行ったので病原菌を見せて啓蒙するという意味合いもありましたが、西欧世界ではレンズとか鏡を使って見えないものを見せるという、ある種の魔術的伝統が一貫して流れている。魔術的な、超自然的なものが見える、将にネケスの云う魔術的メディアの技(アート)、神の不可視の光がエンブレム寓意画を通して見えるのと同じです。


日本製の望遠鏡のおもちゃです。

日本製望遠鏡おもちゃ

これは駄菓子屋で売る様なウキ出る写真。

ウキ出る写真

箱の縁に立てるだけで映画の一場面が見える。多分ステレオ写真でサイレント映画の宣伝写真を撮っていた。


フラダンスのパラパラ漫画です。

フラダンスのパラパラ漫画

これは競馬です。紙の端に火をつけて複数の焼け跡が進んで行くのを競う。フィルム競馬という名前が面白い。


W・ネケス『Film before film』(1985年)より

東京名所カード、大正7年製です。

東京名所カード

この実体鏡は明治です。

実体鏡

かなり大きい弁当箱サイズ。


このステレオスコープは日本製で、曲げわっぱの技術を使って作っています。

ステレオスコープ

19世紀のPunch and Judyという人形芝居を描いた幻燈スライド。元々は街頭で1人で演じられる庶民の子供向け見世物ですが、良家の子女は家庭で安全な所で幻燈スライドで観る。

Punch and Judy幻燈スライド
ゾートロープ

これはゾートロープ、元々は理科教材のニュートンの色彩回転盤だったものに付け加え、また「ベンハムのコマ」(白黒模様を回転すると色彩が現れる)も加えて多用途に改良しました。

ニュートンの色彩回転盤
「ベンハムのコマ」
W・ネケス『Film before film』(1985年)より
W・ネケス『Film before film』(1985年)より

西太后が作った頤和園のパノラマ写真を凹面鏡の実体鏡で映しているところです。

頤和園パノラマ写真
活動応用連鎖劇チラシ

これは活動応用連鎖劇といって大正期のはじめ非常に流行った演劇のチラシです。実際の舞台で、例えば貫一とお宮が舞台に出てきて熱海を散歩する、普通の劇場だと後ろは舞台装置になりますが、熱海で二人の散歩シーンを先に撮っておきその映像を映写する。その際、俳優がスクリーンの背後で台詞をつける、場面変わってまた俳優が出てきて芝居をする、また違うシーンでは映像に切り替え台詞をつける、そのように連鎖していくので連鎖劇と言います。大阪から流行り出して広まるのですが、面白いことに今の演劇史や日本映画史にはほとんど出て来ない。見世物すぎる、ケレンがありすぎるから。演劇史の研究者は演劇を高尚な芸術と捉えたい、映画史でも同じです。だから取り上げない、まさにトリッキーな見世物です。

「立ち絵」

「立ち絵」という切り絵人形の絵です。紙芝居の元で幻燈の後にできました。幻燈は夜しかできませんから、昼にできる簡単な演物という事で、紙の裏表に描いてある人物を切り抜き、棒に付けて表裏を回して演じる。やがてこれも面倒だから全部1枚の紙に描いてしまえとなったのが紙芝居。


立体写真と言えばお決まりのカラーヌード写真。

カラーヌード写真

19世紀イギリスのイラスト新聞に掲載された、啓蒙の為の幻燈會の場面です。

イギリスのイラスト新聞

描いていることは簡単で、我々西洋人が野蛮な中国人をやっつけて教育し、文明人の役に立つようにしてやるんだということです。お母さんが子供に教育として見せている一方、隅では浮気の相談をしている人も描かれている。


これはデコポウ カツドウ漫画というものです。

デコポウ カツドウ漫画

江戸時代の金唐革一閑張りの遠眼鏡です。

遠眼鏡

オランダから長崎出島を経由して真鍮製の精巧な望遠鏡が入ってくるわけですが、日本人はそれを紙の玩具にしてしまう。一閑張りというのは、明から一閑というお坊さんが持って来た技法で、紙に漆を塗って撥水性を持たせ硬く加工する。金唐革とはモロッコ革に捺金加工したものですが、同じようなものを紙で作る。和紙に金箔をはって型を使い模様を浮きださせる。この金唐革一閑張りを江戸で広めたのが平賀源内でした。


これはガラス転写したステレオ写真です。

ステレオ写真

中国の覗きからくりの写真です。

中国の覗きからくりの写真

覗きからくりは18世紀から日本にありますが、注目すべきはレンズ筒がやはり六角形なことです。覗きからくりは日本が先なのか中国から渡来したものなのか。この頃の日本製レンズの質は良くなかった。中国ではレンズは蘇州で作られていてアイタイというすごく難しい漢字を書きます。それを日本は輸入していた。英一蝶(はなぶさ・いっちょう)という江戸時代の絵師がいますが、1770年に彼の描いた六角形のレンズ筒がある覗きからくりの絵が一番古い記録とされています。


日露戦争を描いた幻燈種板の原画です。

幻燈種板原画

これを撮影したネガ乾板で8㎝×8㎝のガラス板に縮小焼き付けし、縦横に切ると4㎝角のガラスの種板になる。原画は中々見つからないのでこれ一つしか所蔵していません。絵にはそれぞれ種板用の番号が振ってあります。


幻燈製造販売の鶴淵幻燈舗の機関誌『幻燈』です。

機関誌『幻燈』

これはお店の写真です。フィルムとか幻燈があります。ガラスを切って白黒ネガで転写したところに手採色で色を塗っています。こちらの女性は、フィルムに色を塗っている、これはとても珍しい。


こうやって映画の1コマ1コマに色を付ける、とんでもない作業です。日本でもメリエスの映画と同じことをやっている。


普及品の幻燈器と、陸蒸気の走行を引っ張って見せる種板。光源はランプです。

幻燈器と種板

江戸時代、さっきの座敷影絵や錦影絵の光源は燈明皿、灯芯の明かりですから映像は本当に暗い。しかし電灯がなく世の中全体が真っ暗ですから目が慣れれば見える。


これは家庭用より少し大きな会場用の幻燈と種板。

会場用の幻燈と種板

明治時代、当時東京のシンボルであった凌雲閣です。

凌雲閣

河竹黙阿弥の歌舞伎には『風船乗評判高閣(ふうせんのりうわさのたかどの)』(凌雲閣でのスペンサーの気球乗り興行を題材とした)や『勧善懲悪覗機関(かんぜんちょうあくのぞきからくり)』があります。


幻燈を描いた引き札(広告チラシ)です。

幻燈を描いた引き札

この時代、幻燈が広告に相応しいハイカラな題材だったということが分かる。


仕掛け種板の口上言いです。

仕掛け種板

太鼓叩いて獅子舞。ダルマの夜這い。玉乗りの一座。泥棒を追いかけていく。女人力車と足芸。


上野の恩賜公園の噴水、有名でした。

仕掛け種板

反対方向に回転する2枚のガラス円盤のモアレで水の流れを見せる。

W・ネケス『Film before film』(1985年)より

文明開化の象徴、電気です。ライデン瓶の魔術的凄さ、電灯笠の色が変わる仕掛けです。

仕掛け種板
W・ネケス『Film before film』(1985年)より