ホテル




ホテルには狭い部屋がある

ぱっきりとして清潔な歯ブラシやタオルやスリッパがひとそろい置いてある

古いけれどよく手入れされているクローゼットや分厚くて重いカーテンがある

大きな窓といくら見ていても良い景色がある

いつもあるものはさっぱり一つもない


ホテルには私の輪郭がある

冷たい窓辺で熱いお茶を何杯も飲みながら

真っ黒になれない細やかな夜を

信じられないほど鮮やかな朝焼けを

じっと見ていると

やがて朝日が私の輪郭をオレンジに染める


ホテルには私の裸がある

バスルームの大きな鏡の前で服を脱いで

柔らかな太腿や乳房を見る

肩から滑り落ちる髪を見る

知らないブランドの透明なボディーソープが

結局だれのものでもない私の裸を撫でて洗う


誰が来ても受け入れることのできる

コンフォートでコンパクトな部屋で

私は何をしたってよくなる

幼い頃好きだった曲を恐れることなく聞けるし

小さくなら泣いても歌ってもいい


ホテルは10時にチェックアウトしなければならない

輪郭も裸も私から剥がれて持って帰る暇もない

私はなかば途方に暮れた気持ちでホテルを出る


最初から持っているし

最初から失っていたくせに

まるでわかりきった忘れ物をしなければならないみたい