体温計






私の体温計はのっぽだった。

手が大きくて筋っぽくて、口数が少なかった。

白くてさらりとした生地のカットソーが似合う。スリッパをきちんとはく。

特徴のないその風貌を、私は気に入っていた。


体温さえ測ってくれれば何でもいいのだ、と投げやりな気持ちで買った体温計だった。

ぐらぐらの頭で帰って、手洗いうがいもそこそこに、その体温計の腕を引いて布団に潜り込んだ。


その体温計をしっかりと体に挟み、じっとしていた。

私は一人なのだから、負けてたまるか、という気持ちで、じっとしていた。

「38度2分」

布団の暗闇の中で、体温計が小さな低い声で呟いた。

私がちらりと見ると、すぐに目を閉じて、寝息を立てていた。


私が実家で使っていた体温計はもっと遅くてけたたましい奴だったので、

大人しく眠る彼の横顔を見ながら、なんて仕事ができて素敵な体温計なんだと思った。


次の日、頭痛は一層ひどくなっていた。たまらずにゼリーをかきこんで処方薬を飲んで、横になった。咳も出てきた。


ずっとそばで大人しくしている体温計を、布団の中に入れて、体温を測る。

「37度9分」


解熱剤が効けば家で仕事をしようと思っていたので、もう一度体温計を抱き寄せて測らせた。

体温計はやや感心しない顔で

「37度9分」

とぬかした。


私は渋々了解するほかなかった。彼が嘘をつけない性分であることは、よくわかっていた。


普段、体温なんて気にして生活していないから、体温計との暮らしは少し違和感があった。

恋人がいるときは、あんなに体温が人生に必要不可欠なものだと思っていたのに、独り身になればまったく平気だった。

体温をいくら肌で食べても、熱量なんかない。


私は布団の中で体温を測る。

久しぶりに自分に体温があることを思い出していた。

目を離しても問題ない、非常に低温な炎のようなものだから。


体温計は布団の中で、じっと私を測っている。

彼自身の体温はない。

彼はきっと、私の体温だけを知って、一生を終える。


「37度7分」

彼は目をつむりながら、寄った羽毛布団を私にかけ直した。


来週、風邪が治ったら。


のっぽで口数の少ない、この優しい体温計を、私はどこかへしまい込むのだと思う。


すっかり忘れるのだと思う。

自分の体温と一緒に。