通学路の切れっ端





洗いたての白いお皿が、窓辺で神様みたいに光っていた。

冷たい麦茶を飲むために湯を沸かす。我ながら不思議なことをしてる。

乾燥機のホコリを捨てながら、あなたは昨日まで服だったのに、と思う。

それから、ずれていた居間の時計を直す。私も使える簡単な時間魔法。


日々の些細なことごとを過ごして、私は熱い麦茶を飲んだ。

それでも夏の味がして、夏といえば道で死んでいる生き物だと思った。


椅子に座って、少しゆっくりと、思いを馳せることにした。


私の小さいころの通学路は、それはそれは長くて、夏はミミズやカエルがたくさん死んでいた。

虫や爬虫類が嫌いなふりをしていた私は、一人で冷静にその死体の数を数えてた。

通学路をただ一人で歩いていく私は、娘でも生徒でも子供でも誰でもない、私だった。

長い長い時間を、私は長い長い通学路で過ごしたんだった。


私ははっとした。

さっき椅子に座ったはずなのに、私は風呂を掃除していた。


泡を流して、私は椅子に戻った。


誰でもない私は、景色の中に無数の物語を見つけていた。

電柱一本ずつを守る仕事しかしてない、おちこぼれの雷様。

水たまりと空の間から抜け出す方法をずっと探してる男の子。

池のとこで赤く光っているカラスウリを信仰してるウサギやリスたち。

道端のへびいちごやツユクサからおいしいお薬を作る不思議な女の子。

崖の防空壕で勝手にゴロゴロしてる、ぺたんこスニーカーの魔法使い……。


彼らの物語は、ひとつも完結しなかった。


私はできるだけ彼らの言葉に耳を傾け、ゆっくり歩いたけど、

それでも長い長い時間が必要だった。


長い長い時間が必要なんだった。


私はまたはっとした。

椅子に戻ったはずなのに、私は床の掃除をしていた。


髪と埃を捨てて、手を洗って、私は椅子に戻った。


長い長い時間が必要だったのに、通学路には終わりが来る。

小学校へのぼっていく坂のとこで大事な通学路はふと途切れてしまっていた。


私はもう学生じゃないし、夫もいるし、お腹を空かせた子供が帰ってくる。

それでも私は、あの通学路の延長線上にいたいと思った。

この住み心地よく整えた昼下がりの真っ白な部屋がどこなのか、私にはもうわからなかった。


明日にでも、通学路の切れっ端を拾いに行かないといけない。

私は冷蔵庫のボードにそれを書いて、帰り道に買うべき卵とかをその下に書いた。