喉
「ぅおっ」
俺は喉を触られるのがたまらなく嫌いだ。
「瀬川さんて、絶対前世はギロチンか斬首で殺されてますよねー」
隣のグループの麻木さんはただの同僚なんだけど、暇になるとすぐ俺の社員証の後ろを引っ張っては笑ってくる。
「本当に止めてくれませんか……」
なんでも、俺の驚き具合は何度やっても飽きないんだそうだ。
「前世は首を切られて死んだから、守ろうとするんですよ」
睨みつけても、麻木さんはオカルトチックな話を続けながら、隣のデスクのバランスボールに大股を広げて乗っている。ぴったりしたスキニーパンツで、ぼよんぼよんと上下する動き。
やめなさい、若い女の子がそんな恰好でそんな動き。
と口に出したら最後、現世でも俺の首が飛ぶかもなと思うので、黙って仕事に戻る。
「瀬川さんてネックレスとかできないでしょ」
「好きこのんではしないですね」
麻木さんはよくチョーカーをしてる。黒地のリボンに、金属のバックルのような飾りがついているもの。正直、猫の首輪にしか見えない。
「じゃあ彼女とかに言われたらするんですか」
「そんな感じ。席に戻ってもらえませんか」
「でも、作業までひまなんですもーん」
「俺は暇じゃないんですよ」
ため息をついてPCに向き直る。
メールの文面を集中して読み直していると、視界の下に白いものが見えて、ぞくりと悪寒がした。
チョーカーの両端を持ち、捧げ持った手が目の前にある。
「は」
俺が勢いよく振り返ろうとすると、その手がびくりと震えた。
そして気づいた。ここは包囲されてる。
俺の後ろは完全に麻木さんの胸だ。
下手に動けない。
「……何してんですか」
視線を静かにPCに戻すが、もう目は泳いでいる。
なんだこれ、なんだこれ、こいつなんなんだ。
「スーツにチョーカーって案外似合うかもしれませんよ。ネクタイみたいなもんでしょ」
「全然違います」
チョーカーが喉に触れて、ぞわりと鳥肌が立つ。
意外と余裕があるように見えて、その実は喉を締められるように息苦しい。
後ろでかちゃりと軽く金具をはめられた感覚。
これはまずい。呼吸するたび、ぞわぞわと嫌な感じがする。
「……もうすぐ30にもなる男捕まえて何やってんすか本当に」
初めての感覚に、デクスに両肘をついて息も絶え絶えになっている俺を見て、麻木さんはにこっと笑う。怖い、この人。
「もうすぐ30にもなる男を飼ったらどんな感じかなって思いまして」
マジで怖い、この人。
「マジで何言ってんすか……? これもう外しますから」
「一人でとれます?」
麻木さんが俺の首に手を伸ばしてくる気配を感じて、俺はデスクからばっと手をあげて首の金具に手をやった。
なんだ、なんだこれ。どうなってんだ。
溶接されてんのか。手品で首に通したかこいつ。
「壊したら弁償ですよ」
「いくら?」
「さあ?」
「とっ……」
しかし首輪が喉に触れるから怒れない。
「……ってください」
弱弱しくなる。
「うん……」
口元を手で隠して俺を見る麻木さんは、猫のような目を嬉しそうに細めた。
「思ってた通り、お似合いです」