テトラポット





返す言葉がなかった。


「や……好きだよ」


返す言葉がないなりに返したし、あんまり口をあんぐりしていてもアイスが垂れるので、そう言って私は残りのアイスを食べた。

そんなもごもごをいきなり言われるなんて、急に殴られたような気分だ。

一体、何が気にくわなかったんだろう。殴られたほうがまだ戦う姿勢になれていいのに。


「そっか」


アキヒトの声は全く怒ってない風だ。


「うん……」


怒らせるかもしれないけど、これは賭けだと思った。


「アキヒトは背中が好きだよ」


「背中か」


「うん。その背中いいよ。おなかもいい。広くて」


まるでクジラのような、大きすぎて無害すぎる、動物の背中をしている。


寝そべって本を読むアキヒトの背中にまたがると、たちまち昼寝をしたくなる。

ひだまりに含まれる成分をどばどばに分泌しているのではないか。私はそう思っている。


アキヒトは立ち上がりながら、呆れたように笑う。


「ありがとうな」


そういうことではない、という言葉が頬に書いてあるみたいだ。


「どこ行くの」


ジャケットを羽織って襟を整えながら、アキヒトは私を振り返る。


「ローストビーフを食べに行きたいって言ってただろ」


きょとんとしてしまう。そんな予定みたいに言われても。

私はただ食べたいという気分を言っただけである。週末はゆっくり過ごしたい。


まるで手品に使うからと言われて貸した指輪をそのまま消されたような気分だ。

確かにすごいけれど、そんなつもりで貸したわけではない。


「18時だからもうそろそろ出ないと」


そんなことは聞いてない。いや、私が聞き逃したのかもしれない。

などと言ったらもっとへそを曲げるので言葉を飲み込みながらくしを探していると、アキヒトは首を横にふった。


「忘れてたんだね」


アキヒトがそっと言って、わかっていたように笑った。コートを着る。

私は見つけたくしを放って、アキヒトを指さした。


「コート着たらテトラポットの真似してくれるの好きだよ」


「?」


アキヒトは不思議そうな顔をしながら、頭の上で三角屋根を作る。


「違う」


「これ?」


アキヒトは気を付けをしてから両手を左右にぴんと広げた。


「それ」


私も真似をして、それから抱きついた。

これは非常に抱きつきやすいポーズで、見たとたんまるで科学的な力で体が勝手にくっついてしまうみたいなのだ。


「これはトーテムポールだよ」


夢中で鼻をこすりつけている私の髪を、大きな手が撫でた。

優しい声だ。


「ごめんね」


「別に謝らなくていいけどね」


アキヒトがぷすっと笑った。


「わかった。降参」