晩夏
真っ白の幹にぶら下がってるでしょう。
桃色の丸い実は、二つに割って食べるの。
君は、言葉でなく、ジェスチュアで言う。
それが蔦みたいに細い指なんだよな。
割るとむせ返るくらい甘いにおい。
晩夏の夜風にふかれた実がぬるい。
案内員の君に連れられ、植物園の茂みの奥へ。
さっきの蜜でべたつく指先を、腰で拭く。
茂みは手入れがされていなくて延び放題だ。
ここのはみんな君が面倒をみてるのか?
ぼく以外の物好きが来たりするのか?
振りかえらない君は、頷きだけの生返事だ。
踏みしめる土もしっとりと匂い立つ。
もう随分、のろのろと歩いたように思う。
火照る体と口から、自分の息が臭う。
君は病気のような半透明の果物をもぐ。
穴に指をいれて楽しそうなのはなぜだい。
真似をしてみると、なんとも柔くてうまい。
君はこの摩訶不思議な場所にとても詳しい。
真似ですえた匂いの甘い液を舐める。
真似で人肌のような水泡の実を噛んで吸う。
異様に喉が乾いて頭がおかしくなりそうだ。
その長い髪や汗がたまらなく美味そうに見える。
茂みから襲いかかっても君は声をたてない。
もしかして君は、言葉を知らないのか?
そう聞こうとして僕も気がつく。
僕こそ、言葉をすっかり忘れているのだ。
僕が困惑していると、君は笑った。
いや、君には顔がない。笑えないはずだ。
少なくとも僕には見えないはずだ。
そう思った刹那で君は赤い蜜になった。
赤い蜜の君は猛烈な臭いがした。
これは肉の内側から湧くものの臭いだ。
僕は赤の洪水に飲み込まれて、君を飲んだ。
これは毒で、ここは罠で、夢は終わりだ。
目を覚まし、汗をかいた半身を冷房にさらす。
まだ眠る君には、あどけない顔がある。
君の嫌がった膜が、床で乾いている。