マジックアワー





屋根の下にはいって、これはひどいどしゃぶりだな、と思った。肩はすっかり濡れて氷のように冷えていて、靴のなかも十分にぐじゅぐじゅだ。必死に歩いてきてたから、あまり雨足を気にしてなかった。僕は短く切った髪を犬のように振って水を飛ばした。


この野外ステージは、大きなテントで雨をしのげる。舞台は一人でたつと本当にだだっ広い。濡れた床が鏡のように黄昏の空を足元に落としてくれる。

僕はオーバーサイズのTシャツを一旦脱いで、雨水を振り落とす。スニーカーの水もきってから履きなおす。

冷えたシャツを体にかぶせて、僕は静かな雨音をBGMに軽くステップする。

靴底のカーブが、軽やかな波みたいに体重を運んでくれる。雨を含んだ風が、僕の服のなかでふわりと舞う。


誰に教わってもいないけど踊れた。

子供の頃から一人が好きだった。

孤独だ。ばかなことをしてる。

そうじゃないと救われない。


鋭いターンで髪からしずくがとんでいく。泥だらけの爪先が、マジックアワーに染まった水面に弧を描く。


誰も僕のおどりを見ない。

そういう舞台にどうしても惹かれてしまう。

どうしてこんなことをしてしまうんだろう。

でも、この瞬間だけに救われてきた。


ハイキックの足が戻る直前、カチ、という音が聞こえた。


ちらりと見ると、誰の姿もない。

でも、傘をふりながら、舞台裏にあがっていく人の気配があった。


僕は踊るのをやめて、背中でひっくり返ってるフードを戻した。荷物をもって舞台を降りて、やや抗議の念を抱きながら、こっそり横から舞台裏を覗く。

スタイルのいいショートパンツの女性が柵にもたれて星空を眺めていた。

いや、何をしてるんだ、あれは。

……ピザを食べている。


大きなピザを四つ折りにして、手掴みで食べている。

少し濡れているように見える髪を耳にかける。

ソースのついた指を舐める。またかぶりつく。

彼女はその行為だけに集中していた。


僕はちょっと可笑しくなりながら、彼女から目をそらして帰路についた。

淡い紫の空は、薄い光をまといながら、夜色に変わる。


孤独だ。ばかなことをしてる。

どうしてこんなことをしてしまうんだろう。

でも、そういう瞬間だけに救われる人は

当たり前だけど、僕以外にもいるんだな。


おまけ もとにした写真