月
あの月をとって。って。
3才の姪は言った。
兄夫婦はインフルエンザにやられていた。母の看護のもと、ふうふう言いながら寝込んでいる。
だから迎えに来られるのは私だけだった。
ピンク色のコートをふくふくに着込んだ、愛の風船みたいな姪。
繋いだ手のひらが柔らかくて熱くて、私はお砂糖みたいにほろ甘い気分で月を見ていた。
真冬の夜は、妙に優しいときがある。
月の光は強いのに、滲んで見える。
「おばちゃん」
兄が悪意をもって姪に吹き込んだ呼び方さえ、小鳥みたいな可愛い声で聞いたなら、心はとろとろに甘くなる。
「お月さま、すごいね」
私も気づいていた。たしか今夜はスーパームーンで、巨大で立派な月だった。
「ほんとだ。すごいね」
まだ3年しか生きていないのに今夜の月が『すごい』とわかるだなんて、この子は天才じゃないかと思う。
「あのお月さま、とって!」
私はびっくりした。
「あのお月さま?」
そして子供みたいな顔で姪を見た。姪も子供の無垢な視線を私に投げた。
その瞳の奥の漆黒の深さといったら。私には3歳児の世界観がわからなかった。
私は困惑しながらも、右手をふわりとあげて月に触れた。
ボタンを外すように、指を夜空で滑らせる。
すると月は、ほろりと剥がれた。
私は、はっと息をのんだ。
月は手のひらにのせると、冷たくて小さかった。
指の腹で撫でるとさらさらして、強い光で姪の瞳を照らした。
「とれたよ」
しゃがんで見せる私の手のひらを、赤い頬の愛しい姪は食い入るように見つめた。
「くれるの?」
なんてきらきらした眼差し。感嘆の吐息が混じった、甘い甘い囁き。
姪は月のボタンを両手で大事そうに持った。
月は誰のものなのか知らないけど、私はゆったりと頷くことができた。
「いいよ。欲しいなら」
この子には欲しいだけ、欲してほしいの。
素敵なことをたくさん欲しがってね。
手に入らないものばかりじゃないから。
「おばちゃん、ありがとう」
しゃがみこんだ私に、姪はほっぺたをつけた。
不意に流れる私の涙に濡れる、あたたかな柔肌。
生まれたときからずっと消えない、天使のようなにおい。
「すごい、きれいね」