パン
([shindanmaker.com/804548]診断結果より)
誰かに会いたいと思うなんていつぶりだろうか。
「ひとりですか?」
私はちらと横を見た。ダッフルコートを着た体は背が高くて、腰が細くて、子供みたいな目をした童顔がにっこり笑った。
誰かに会いたい私は、あてもなく夜の街にくりだしていた。とあるゲーセンのUFOキャッチャーで、大きなパンのぬいぐるみを狙っているときだった。
そういう男の子が声をかけてきた。
誰かに会いたいとき、私は一人にならなければいけない。
聞こえないふりをした。
「ね、おねえさん。ひとりですか?」
私は既に怒っていた。1手集中を欠いて無駄にした。
「ふたり」
私に指差された男の子は黙って、隣のキャッチャーに硬貨を入れた。こちらのことをまるで見ずにスヌーピーのぬいぐるみをとり始めた。
私はますます孤独に感じた。誰かに会いたい。誰かに会いたかった。
夜の繁華街は輝いているのに。
私はまた、赤いボタンに手をかける。パンはもう少しで手にはいる。
私と男の子は一言も喋らず、獲物を見据えて追加の硬貨を入れる。
ガラスケースの中にいる人を選んで、その人を切望して、静かに狙って、自分の手元に落したい。そうじゃないと満足できない。
この目にうつってるものだけがほしい。
誰かに会いたい。
私達がぬいぐるみをとったのはほぼ同時だった。男の子は飛び出すようにぴゅんと店内へ入り、戻りながら特大のビニール袋を広げ、私につきだした。
ありがとう、と言って大きな食パンを袋に入れる。
「でけえパン。あれもやったら」
スヌーピーを袋につめながら男の子が笑った。イチゴジャムやピーナッツバターがタワー上に積み上げられてる。
「ああいうのは嫌」
「そう? 好きじゃないの?」
「私には多すぎる」
男の子がにやっと笑った。
「俺は足りないくらい」
窓から朝日がさしこむ。コーヒーの香りがする。
私は大きなパンの上で寝返りを打った。
床に転がしたビニール袋には、大量のカップが入っている。
なんだあれは。目を凝らしてラベルを見ると、つやつやのカップに入ったイチゴジャムやピーナッツバターだった。
昨晩の過ちを思い出し、私は目の上に腕を乗せて大きく息を吐いた。
「ねえ、あのトースター、壊れてんじゃないの」
台所から出てきた男の子が焦げたパンを持って、私のベッドに腰掛けた。
「壊れてない。あなたに会いたかったわけじゃない……」
私は薄いトーストをつまみ上げて、サクとかじる。
「じゃ、誰に会いたかったの」
「……」
答えようとすると、男の子はピーナッツバターをいきなり指ですくって舐めた。
「最っ低」
あまりの行儀の悪さに私が笑うと、男の子はにやっと笑った。
「最高だよ」
その朝焦げたトーストは、苦いのにやたら美味しかった。
おまけ (以下診断結果まま)
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きじのお話は
「誰かに会いたいと思うなんていつぶりだろうか」で始まり「焦げたトーストは、苦いのにやたら美味しかった」で終わります。
#こんなお話いかがですか
https://shindanmaker.com/804548
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