ランウェイ





俺の前の奴は、女子なのに派手なスニーカーしか履かない。

女子なのに友達が少なくて、視線が冷たいしあんまり笑わない。

「コータ」

前の奴が振り向き、俺の机に腕を置く。

「聞いてた? 放課後、一緒に帰って」

――そのくせ美人で胸がでかい。


「俺以外に友達作ってくれ」

紺のマフラーを巻きながらため息をつくと眼鏡が曇る。

「頼むから」

コンビニのレジで肉まんを指差したまま、野田しずくは俺を見る。

「え、コータ、プリンまんがいいの?」

「言ってねえよ」

「じゃあプリンまん、いっこお願いします」

「聞けよ」

プリンのゲロ甘なにおいがする饅頭を持たされ、コンビニを出る。

細い路地に入ったとたん、犬のように俺のプリンまんをかっさらうしずく。

「さっきの小芝居は何なんだ」

しずくは悲しそうに首を横に振った。

「ハイスペック巨乳美少女は、プリンまんなんていう、頭の中まで砂糖のJKか頭の中に下ネタしかないDKがキャッキャしながら買うようなものを堂々と買えないんだ」

「お前の頭の中も大概だよ」

肉まんとトレードかと思いきや奴は既に二つともかぶりついていたので、俺は行き場のない右手を下げた。




確かにしずくのスペックは高い。

見た目だけはすらっとして美人だ。全校集会で何度も表彰されるほど文武両道。

さっきの発言はおいといて、ハデめではあるものの学校では優等生を演じる演技力もある。

じゃあなんで友達がいないのか。

今並べた長所を端からなぎ倒すような致命的な欠点があるからだ。




「あ、きた」

しずくの声のトーンが急に低くなった。

路地の向こうから、クラスメイトのハルキとのぞみが歩いてくる。

少し前から付き合っていると噂の二人だ。

しずくがすっと背筋を伸ばして、スニーカーのかかとをトンと鳴らした。

もうさすがに見慣れている。

まるで動画のカットが切り替わるように、青いスニーカーが次の一歩で黒のスニーカーに切り替わっていても、俺は瞬きをしない。

「お、コータ! と、しーちゃん!」

ハルキが声を上げる。のぞみが手を上げた。

「おっ、ハルのんデートだな?」

しずくのおどけた声。

「デートって言うか、ただカラオケ行くだけだけど」

のぞみが照れたように笑う。

「しーちゃんもこうたも、今度ダブルデートしようね」

「こっち二人はただの悪友同士だけどねー」

しずくが俺の腕を掴み、ぐっと巨乳にめり込ませる。

「またまたー。美女と野獣だとは思うけどさあ」

「うるせえよ」

俺が唸ると、のぞみが俺の腕をぱしっと叩く。

のぞみのローファーが、俺の後ろへ一歩踏み出す。

しかしそれより一瞬早く、しずくのスニーカーが動いている。


のぞみに腕を掴まれたハルキの影の上。

目が冴える様なピンクのスニーカーが踏み込んだ。

そのまましずくの白い足が弧を描くように動く。

幻のような赤い影が、白い足にまとわりついて――。


「こうた、がんばれよっ」

のぞみと腕を掴まれたハルキは、逃げるように小走りしていった。


「あれ、結構赤い。ハルキくん、こんなにコータに嫉妬してたんだ」

のぞみは足にまとわりついた、赤い絹のような影を手で持ち上げている。

もうさすがに見慣れている。

「のんのん、可哀そうにな」

まるで破れた赤いドレスを見下ろす吸血鬼みたいだ。

他人に嫉妬させてその影をとる、薄ら笑いのしずくは人の目をしてない。




表向き、しずくは秀才。

裏の表向きは、最近さえない男をひっかけて遊んでいるビッチ。

つまり裏の裏があるということだが、裏は……何と言えばいいか。

イマドキの呪術師だそうだ。悪い方の。




「今日のはかなりいい生地だよ。あと3枚で嫉妬のドレス完成。

ハルキくんにはお世話になるよ、あの人コータに嫉妬してばっか」

「不思議なもんだ」

この摩訶不思議なスニーカーを履いた足が、満員電車で俺の足を踏んだ。

だから俺は、こうしてコトが済んだら風呂に入るゴキゲンのしずくの鼻歌を聞きながら、スニーカーを洗う使い魔になったのだ。

魔界の契約システムは腐りすぎていると思うが仕方がない。

「可愛い彼女いんのに」

「自分の彼女が一番可愛くないと嫌なんだと思うね。やな人だ」

「そうだな」

「ねー、見てこれ」

見るとしずくが風呂場から顔をだしている。おっぱい丸出しである。

「でてる、しまえ」

「足についてたんだけど、のんのんのもあったよ」

「のぞみが何に嫉妬するんだよ」

「コータと一緒にいる私にじゃないの」

んなわけあるか。しずくはにんまりと笑って風呂場にひっこむ。

「やったね、コータ。勝率あがってるよ」

泡だらけの青いスニーカーをすすいで逆さにすると、さっき蹴り巻いた影の欠片が流れ出てくる。

薄くて向こうが見える赤。


ベッドに寝ころんでジャンプを読んでいると、風呂上がりのしずくがスニーカーを持って俺の部屋に来た。ちなみに親は旅行でいない。

「お前もう帰れよ」

「ごめん無理。家で縫ったらトカゲにかじられるんだ」

「トカゲがペットなのかよ、前に食って上手いって言ってたじゃん」

「飼って太らせてそのうち食べるの」

仕方なくジャンプに戻ると、しずくが俺の上にまたがる。

「ついでにいいコトしよっか」

「帰れ」

しずくはため息をつくと両手の、スニーカーの踵をコツンとぶつけた。

とたんに、ベッドの横に漆黒のドレスのマネキンが現れる。しかしそれは本当の黒ではなく、いろいろな薄い色が重なった黒だ。だからか光の加減で、七色に光っても見える。

見慣れている。もうすぐ完成する、嫉妬のドレス。

「よくそんなの縫えるな」

「魔縫製大学の課題を兼ねてってのはあるけど、ランウェイの向こうは夢の中だから。癖になっちゃうんだよね」

しずくが呪術師らしく(なのだろうか)黒いロングパーカーを羽織る。いつもの作業着だ。

「コータこそ、いっくら嫌われても平気な顔してるよな。だからコータの隣だと何枚でも良い生地がとれちゃうんだよね」

しずくのごたくを聞き流しながらページをめくると、しずくが俺の上でふと真顔になった。

「でも本当は平気じゃないでしょ? 嫌だったら言ってくれていいからね」

うるさいな。俺は寝返りを打つ。

「別に平気だし、どっちかいうとしずくを応援してるよ」

のぞみがどんだけ間違ってるか形にしてやってくれ。

しずくは呪術師だからか、俺の心の声が読める。

だから口にしたくないことは俺は胸の中で言う。

「ありがと。わっるい仲間だなー」

しずくは俺の背中にくっついて笑った。




正装で来いと言われたから制服でしずくんちに行ったら、出てきたしずくが発狂し、問答無用で何やら高そうなスーツを着せられた。

そのまま奴が二足のわらじで通う魔縫製大学に連れて行かれ、ランウェイの裏で待っていろと言われたのでFGOイベを回しながら待つ。


「どう」

しずくは、自分で縫い上げた嫉妬のドレスを身にまとって出てきた。

「良いじゃん」

俺は立ち上がり、しずくの胸についている、薔薇のコサージュの花びらをつまんだ。

「あれだ」

「そう。ここはのんのんの嫉妬の生地だよ」

しずくは得意げに言った。

自分の足で蹴り巻いた生地で、自分の手で縫い上げた、黒一色の服。

友人の過ちを身にまとって、しずくはよく笑っていられるなと、思った。

「これ着てのんのんの夢に出たら、そりゃもうすごい悪夢になるんだ。昔からある呪いなんだけど、効くんだよ」

「そうか」

「朝起きたら泣きすぎて目が腫れるだろうから、明日は学校来ないかもね。残念だねコータ、のんのんに会えないね~」

「そうか」

「そしたら帰りにお見舞いに行ってあげようよ。ハルキもつれてってやろ、面白いから」

「だな……」

我慢していたけどだめだった。

崩れ落ちて泣きだす俺を、さも面白そうに眺めてから、しずくは俺の涙をぬぐった。

その手を開くと、小さいイヤリングが握られている。

「ありがとね」

イヤリングをつけたしずくの呟きの意味がわかる前に、ヒールの音がした。

「じゃあ、行こっか。さあ立て、主役!」

こんな顔なのに、熱いライトの中へ手を引かれる。

最低な呪いだ。ランウェイの向こうは、夢の中の世界なんだそうだ。