天使の分け前
僕はとりだしたハートを左手に持った。
キウイほどの大きさだ。僕のハートは人肌の温度を持っていて、指で押すと柔らかくて気持ちいい。
そして僕はいつものナイフを右手に持つ。
手首をしなやかに振り下ろすと、水みたいに滑らかな刃が開く。
刃は果実の中を進むみたいに、すく、すく、と僕のハートを裂いてく。
一口ぶん、僕のハートを刃元ですくうと、僕はコンビニのレジのトレイにそれを落とした。
「あ、あと旨辛チキン」
そう言いながらもう少し、僕のハートを削いで落とした。
横のレジでは、美人の店員がトレイのハートを捨てながら次の客を呼んでいる。
ぼうっと改札まで歩いた。もう目の前だ。
右手が慌ててナイフを出すと、人を切りそうになった。
僕のハートを削ぐ。僕の前で改札がぱかと開く。
改札回りにはぐちゃぐちゃに踏み潰されたゼリーみたいなハートの欠片が、沢山落ちている。
パーカーのポケットに僕のハートをしまい、両手で撫でながら電車に乗る。
ポケットのなかでさっき削いだ切り口を指で撫でると、少し丸くなっていた。
ランドセルくらいある見事なハートを膝に抱えた中学生達が、大声で喋っている。
「ハートの切り口って、少しすると丸くなるじゃん。
外国でそのこと、天使の分け前って言うんだって」
「それ樽ワインがちょっと少なくなるやつでしょ」
「もともとがそれらしー」
寝て起きればきちんと元の大きさに戻っている朝もだんだん少なくなってきた。
今はもうポケットに入るくらいの大きさだけど、僕くらいの年だと大体このくらいだ。
僕はナイフを出した。僕のハートを一口ぶん削ぎ、唇の先で刃先からずらして食んだ。
ワインなんてとんでもない、つまらない味だ。好きでもない人の肌のような。
ぼんやりとしたままもう二口食べてから、ナイフをしまった。
今日も僕のハートをいくらか無駄に使いすぎたことに気づいた。
明日の僕のハートは、きっともう少し小さい。
天使のせいだか、僕のせいだか。