あの落ちる感じ




バク。

そう聞こえて、私は目を開けた。


立ちづらそうにしている白のタイトスカート。

手元のスマホケースを開くと、満員電車はまだあと20分。

少し膝を開くと、タイトスカートの右足が少し差し込まれた。濃い色のタイツだな。

私は目を閉じた。


体が少しずつ緑色の椅子に沈んでいく。

まぶたの裏の模様はバンダナのあの模様に似ている。いや、似てないな。

闇のなかがずっとズームされてくようだし、ズームされたって闇は闇だな。

落ちてくみたいだ。いや、落ちてる。


まぶたの裏がいつのまにか眩しくなってて、私は夢を見てるんだ。

随分壁だらけの、曇り空色の曲線でできた迷路にいるんだ。

でも私は迷っていなくて、なぜなら私は空を飛んでいるんだ。いや、落ちてるんだ。


灰色が見える、やっと気づいたけど私は肌の上にいるんだ。

誰のものか覚えていない朝方の暗い肌の上だ。いや、もう夜だ。

肌は灰色で眩しく鮮やかで、私は世界最後の雪原に生まれ落ちたみたいだ。

いや、生まれ落ちているんだ。


今、生まれ落ちているんだ。

体が溶けるみたいだし、そもそも私は液体だったんだ。

息が苦しいけどそもそも息なんてしたことがなく、いつも薄く苦しくて三途の川のようなものを見ていたんだ。

オパール色の空気のなかを泳いでるんだ。


空気が光るんだ。生死を分かつものみたいで、よりあわせるものだ。

それは全てがとなりあわせにあることの象徴だ。

土よりも夏の跡よりも他人のにおいが強くて、鼻が曲がりそうだ。

背中から落ちていきたいんだ。誰もいないところまで。

そこで私は微かに嬉しくなるんだ。いや、哀しいんだ。


生死の境まで。生命の誕生まで。星の中核まで。宇宙の隅まで。まぶたの裏まで。物質のない世界まで。私だけの座標まで。

落ちていきたいんだ。嬉しいと悲しいの間だ。何も感じないんだろうか。何か感じそうだ。


突然、体が落下する。


バク。

そう聞こえて、私は目を開けた。


急に落下したように感じたけど、私は電車の座席の上のままだ。


タイトスカートの右足が微かに引いた。

濃い色のタイツ。


バク。

バク。

心臓のおとだったことに気づく。

私はここへ落ちてきたのだろうか。


いや、疲れた時にくる、あの落ちる感じだ。

私は溜息のように目を閉じた。