夜景
俺は夜景に恋をしている。
小さい頃はオーケストラのコンサートから車で帰る時間が好きだった。
車の窓を見ると、暗い世界のなか、街灯とヘッドライトの箒星がとんでいく。
走行音のなかの、寂しげな小宇宙。
それは夜景の横顔だ。決してこちらを見てくれない。
目を離すこともできずに、じっと見つめながら胸を高鳴らせていた。
やがて大人になり、独居し、働き、心も体も鈍らになっていく。
しかし俺と夜景のプラトニックな関係は続いていた。
遠くのマンションの整列したあかりを眺めながら、1時間でも2時間でも歩ける。
高い線路を滑る電車に、色っぽくひねるモノレールの軌跡に、恍惚としたため息をつく。
海辺の大きな公園には、展望室のあるタワーが立っている。
週末にはそこまで歩き、愛しの夜景遺産に会いに行くようになった。
タワーへのびてくる一本道は広くまっすぐだ。
信号や車やイルミネーションの光が瞬き続けている。
まるで子供の神様が光を撒いて遊んだ跡だ。
ところ狭しと金色の粒が光っている。
海辺の一部は工業地域で、随分表情が違う。
そこだけ赤い光一色に照らされたタンクやコンテナの群れ。
揺れる蒸気を見ているとふつふつと胸の奥が興奮してくる。
海の向こうにはシャンパンの泡を思わせる細かなビルの光が見える。
そのなかに沈む小ぶりのアクセサリーのような、スカイツリーや観覧車。
どこを向いても欲張りな景色で、あまりに美しく、くらくらする。
その日は人が少なく、制服の女子高生が一人だった。
大きなカメラを首からかけて持っていた。写真部員だろうか。
見るのはよくないと思い、彼女のいない方を向き、夜景との逢瀬に2時間程浸った。
その子は展望室を周りながらも頑なにこちらに背を向け、2時間夜景を撮り続けていた。
しかし見ないでもわかった。
似ていた。
視界の外から、小さなシャッター音が聞こえる。靴音がする。
言葉を発さないところが、似ている。
静かに息をしているところが、似ている。
ずっとその目が見えないところが、似ている。
その子は俺の目の前で、ふと立ち止まった。
まばゆい夜景遺産に抱かれた制服の背中が、カメラを構えた。
その視線は金輪際誰のものにもならないだろう雰囲気が、似ている。
目の合わない今が、一番……。
一番、似ている。
立ち上がると、その子は微かに振り向きそうになった。
俺は目を合わせないで、エレベーターへ向かった。
降りていく駆動音と安い色の照明が、不思議な気分にさせる。
目に焼き付いたシャンパンのような光も、見慣れた日常の角度へ変わっていく。
まるで革靴のまま月に降り立つ心地だ。
毎分90mの速度で、恋する夜景のなかに落ちていく。
ノベルゲームにしました。