冷蔵庫を開けない生活

(残酷描写有)



忙しくて、冷蔵庫を開けない生活をしていた。

髪を洗えば体の汚れは全て流れると信じていた。


ベッドで寝ると憲吾が求めてくるからわざとソファで寝ていた。

肌がかゆくなるような固い肘掛に頬を当てて月を見た。


憲吾は知らない香水の匂いをつけて私を抱き込められる堂々とした男だ。

嫌いじゃなかったが、私はとにかく疲れていた。


憲吾が帰ってこなくなってきても私は取り乱さなかった。

私は身も心もお一人様用にできているんだ。


久々に冷凍食品を買って、間違えて冷蔵庫を開けた。

そこには青くなった憲吾がいた。


表情のせいか顔では一瞬わからなくて、耳の形で分かった。

よく私に耳を噛ませといてよかったね、と思った。


そして家中を探し回ると、知らない女が風呂場に隠れていた。

憲吾は大柄だからこんなに疲れたんだろう。私も疲れていた。


新聞紙を縛るときに解けなくて重宝していた麻縄で女の手足を縛った。

ついでに溜まっていた雑誌と段ボールを縛った。


女は話ができた。殺したのは4日前で、2日かけて解体したという。

私が帰ってくる夜だけ息をひそめていたのだという。


それでも変わらず生活する私を見て、何故か悲しくなったのだという。

そこから話が見えなくなった。憲吾の価値がどうとか。


女の鳴き声に相槌を打ちながらコルク抜きを探した。

まだ幸せだったころのデートで買ったワインを開けた。


女が溺れないように、少しずつ喉に注いでやった。

ワインの流れは太く赤かった。


私は身も心もお一人様用にできている。

本当は要らないものばかりだったのだ。


嫌いじゃない男。価値のわからないワイン。二人掛けのソファ。

追い炊きのついた広い浴槽。こんなに大きな冷蔵庫。


激しくむせて、口周りから床から赤くしている女を見下ろしている。

飽きて、蹴って、月を見た。そして気づいた。


私はしばらく考えていたのだ。淡く嬉しかった。

忙しくて、冷蔵庫を開けない生活をしていたくらいなのに。