装着液
コンタクトの装着液がきれかかっていると、最後の一滴に気泡が入る。
レンズに垂らして瞳に貼ると、泡だらけで、ぼんやりの世界になる。
瞬きをすると、ぷちぷちする。
泡が弾けた後に見えるのは、明かりをつけていない、朝の部屋。
畳んでいない洗濯物が積んである。週末に出した鞄がほうりっぱなし。
もうすぐ冬になるから、影の色が冷たい。
鏡を見ると、零れた装着液が涙みたいに、無表情の頬を伝っている。
――ロボットが泣いてる。
いつもそう思いながらティッシュで拭き、化粧水をつける。
私は毎朝化粧をしながら、次第にロボットになる。
もっとたくさん目があればよかったな。
三百とか四百とか、隠せないくらいたくさん。
体中に、生まれつきのできものみたいに。
そしたら装着液を垂らして、体中の目にレンズを貼る作業を延々と繰り返すんだろう。
きっと初めの方のコンタクトはすぐに乾いて、剥がして、瞬きすると少しひりひりする。
次第に悲しくなってきて、本当に泣けてきて、しまいにはおんおん泣くだろう。
体中の目を真っ赤にして泣いて、疲れて眠って、一日を終える。
もうすぐ冬になるから、影の色が冷たい。
毛先が傷んでいる髪を巻くと、ふわりと温かいシャンプーの匂い。
隠せるものなら隠して表に出るのが人間界の決まりだ。
私は段階を経てロボットになった。
コートを着たロボットはブーツを履く。オートロックを出る。
冷たい風を切って、メトロノームみたいに一定の速さで駅へ歩く。
最近少し良いファンデーションを買ったので、肌はしっとりと柔らかいし、
乾燥した空気でもコンタクトは快調で、ガラス張りの青い街を鮮やかに映す。
この街はどこに逃げこんだって、怪物が泣く場所なんてない。
別にいい。
私は、装着液の涙で十分。