ジャネット(2010年作を加筆修正)



『自分勝手なマリオネットは

やはり無意味な旅に出た

それは一種の覚悟であるし

一種の過酷な逃亡だ


自分勝手なマリオネットが

やがて出会った少年は

つまりおんなじ魂だった

彼も空虚の落とし子だ


片割れはずっと欠けている

寄り添ったって同じこと

片割れはずっと欠けていく

探し出会ってもひとりごと』


マリオネットの糸で釣られた足が教卓に降りると、友香は拍手をした。

「すごい。上手だね。将の考えた歌なの?」

無言で野球部の帽子を目深にかぶりなおす将は、マリオネットに紳士的に礼をさせた。

『Thank you for your kind appreciation.』

マリオネットは声高に言う。

「やっぱり歌だけ日本語なんだ?」

『I love Japanese. Look at me!』

下を向いたままの将の前、友香は嬉しそうに笑いながら、マリオネットに目を戻して優しく話しかけた。

「将とジャネット君は二人で一人なの?」

『Right.』

胸を張るマリオネット。

「ふうん……」

友香は将をのぞき見る。

将は顔をしかめて、マリオネットを跳ねさせ、手を振らせる。

『Look at me! Look at me!』

背景が無いから見せたくないと渋っていた将が友香のおねだりを聞いたのは、教室に誰も入れないこと、ずっとマリオネットを見ていることという条件つきだったからだ。

友香は楽しそうに笑って、木製のマリオネットの細い鼻を指でつんと突いた。

「ねえ、私も君の片割れだと思う?」

将は、ん?と声を漏らす。

『……Well……』

手を顎に、考える仕種をするマリオネット。

「ひどい。仲間外れにするの?」

友香はマリオネットの右手を持ち、真っ黒のガラスの瞳を見つめた。

マリオネットは背筋を伸ばすと、再び礼儀正しくお辞儀をし、

『Certainly, you are we.』

と言った。

友香はマリオネットにならい、お辞儀をする。

「ありがとう」

そして跳ね上がるように将を見た。

「うれしい。寂しいのがふっとんじゃった」

『Lady, Please look at me! Look!』

二人の間で跳ねるマリオネット。

「ジャネットは優しいからそう言うんだ。ちゃんと見てろ」

マリオネットを見ながら、仕方なく口を開く将。

「一心同体なんでしょ?」

将のため息に、友香の嬉しそうな含み笑いが重なる。

「私もなんでしょ?」

教卓に身を乗り出す友香の胸と将の腹の間で、マリオネットは動きを止めた。

『……』

二人の唇の間から漏れる光の下、ひざをついたまま、マリオネットは動かない。