そういう生き物
(同性愛描写有)
俺は中井孝介。30歳、会社員、バツイチ。
そんなことより我が自慢の息子・隆斗は3歳半になった。
顔は俺に似て整っているが、隆斗はカワイイ系だ。美人だが気難し屋の元妻とも良い関係を築いていた生粋のプレイボーイ、モテのサラブレッドだ。
既に女の子にチューとかされているらしい。父親としても今後が楽しみな奴。
しかしその割にはあまえたがりだ。イヤイヤ期もさしかかっているが、さほど強烈ではない。
「パパ今日帰り何時ー?」
「今日も定時だよ。んじゃ、よろしくお願いします」
「はいはい」
保育士の真人に隆斗を渡す。
真人は腕の太さがいい。髪は染めてない。俺より1コ下だ。
『まあ、物心つくかつかないかで母親がいなくなったんだから、好きなだけ甘えさせてあげなよ。父親は女性に比べて筋力もあるんだし』
――と、真人は言っていた。さすがママさんに人気の保育士なだけある。
正直この体重を抱っこして歩くのは疲れるが、プロの言うことは聞いておくべきだと思っている。
「いってらっしゃい! 隆斗くんパパ、ばいばーい」
ママさん方にはこの笑顔が王子様かなんかに見えるのかもしれないが、俺から見たらこの時の真人は妻にしか見えない。
いや、実は妻じゃないだろうか。妻かもしれない。今度冗談で指輪でも買ってやろうか。怒るかな。
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仕事を終えて、きっちり定時に帰る。子供がいると飲みを断りやすくていい。
帰宅して、隆斗と一緒に鍋を食い、風呂に入れて8時。いいタイムだ。
ドアが五回ノックされる。
「はいー」
くっついて離れない隆斗を抱えたまま裸足で出ていき、鍵を開ける。
涼しい空気のなかで真人が鼻を赤くして、俺をキチガイのような目で見る。
「は? ……足つめたくねえの?」
いや、逆にまだ秋なのに、なんでそんなに寒そうなのこいつ。
「コタツ入ってたから。スイッチは入れてないけど。真人、飯どうした?」
真人の顎を持ってきて口をつけようとすると、急に乳首をドスッと突かれる。
「ア゙ッ」
「ダメ」
俺が乳首を守っているのを白い目で見ながら、真人は玄関に鍵をかける。
「飯は同僚と食ってきたから。今は臭うんでダメ」
おーい、保育所のプリンスモードはどうした。
「そこは隆斗が寝てるから~とかじゃないのな、保育士さんさ」
俺の言葉を無視して、まるでそういう習性を持つ動物のように、こたつに吸い込まれてスイッチを入れる真人。
機嫌が悪そうだ。いつもなら真っ先に隆斗を抱くのに。また保母さん達からセクハラでも受けてきたんだろうか。
試しに目の前にそっとほろよいを置いてみると、無言で開けて飲み始めた。こういうとこも、なんか、そういう生き物っぽい。
「隆斗くん、今日美紀ちゃんにチューされてたよ」
……いや、絶対セクハラ受けてきたなこいつ。彼女がいるかとか……合コンとか……かな?
「……あ、そう。さすが我が息子だな」
「泣きながら俺に言いつけてきたよ」
「イヤ、なんでだよ」
寝ぼけながら隆斗が真人のだっこを要求する。
「ふ……父親なのにふられたぜ……」
「保育士のゴッドハンドのほうが良いよなあ、隆斗くんも」
真人が半笑いで寝息を立てる隆斗を見る。
こういうとくさいけど、横顔が聖母の絵画みたいなんだよな。
肌が綺麗だからかな。フォトショかけたみたいな肌。
真人の首。……つめたい。
「オイ。臭うからダメっていってんでしょ」
といいつつ隆斗を抱いてるし、ほろよいを飲んだ後だし、抵抗の意志は弱い。
「じゃあ夕飯当てるわ」
隆斗を腹で挟み、真人の足をまたいで静かにマウントを取った。
真人のパーカーからのぞく首は、赤ん坊の匂いがする。
「……ふざっけんな」
「一回だけ、一回」
無理やり口をつけ、舌で開く。お、ネギくさ。
段々本気で嫌がりだす真人をからかうようにキスを続けた。
唇を離すと、俺もネギを食べた後の息になっていた。
「餃子だろ」
こいつおもしろ。半ギレの顔してちんこ勃ってる。
「ねぎ塩丼だ」
「あ?」
もう一回確認する。ネギはわかる。……叩くな叩くな。
「えでも、これ味噌かな」
「塩だっつってんだろ!」
真人がまた笑い、せきばらいして、小声で悪態をつく。
綺麗なのにちゃんと太い指で、手首で、隆斗の髪を撫でる。
「孝介さんの一回だけはホント信用ならない」
「あ?」
「嘘つき」
「ああん?」
「オイッ、ふざけんな」
毎晩思うが、隆斗は寝つきが良い。この時間になるともう、ずっと寝てるんだよな。
寝る子は育つ。全く自慢の息子だ。
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「って感じだったからな、うちの父さんたち」
俺は中井隆斗。17歳、吹奏楽部、メガネ。
隣でフルートを掃除しながら、冷や汗を垂らしているのは、後輩の清司。
「子供が寝てれば何してもいいと思ってあの人ら……」
「……隆斗先輩の父さんって……ええと……」
「や、男が好きよ」
ファゴットをケースに戻しながら清司の聞かんとしていることに答える。
「ええとじゃあ……」
「俺が生まれたの? は、『間違えた』って言ってた」
「……」
パンチの強すぎる話だったかなと思って清司を見ると、清司も俺を見ていた。
「隆斗先輩は本当に間違えてないですか? ……嘘とかついてないです?」
怯える小動物みたいな目を、俺に向けてくる。
「……さあ?」
嗜虐心なのかな、こういうの。
「さあって……」
「お前昼なに食った?」
清司は目をそらす。
「言わないと確かめるけど」
俺がからかうと、清司はオモチャみたいに俺の方を向く。
「コロッケパン!」
必死さと、食べてるものの可愛さに、噴きだしてしまう。
「……あとじゃがりこです」
こいつ、ほんとにおもしろい。
「そっか、そっか」
俺は笑いながらメガネをとる。
清司の持っているフルートをとって、置かせる。
「……あの」
首の後ろの短い襟足を撫でながら、ゆっくり味をみる。
……清司の味。
「……なんだ、歯磨いてたのか」
「楽器吹く前は磨くに決まってるでしょう! しかも言ったのに……」
清司の赤い耳の裏を撫でると、微かに首をすくめて、もっと赤くなる。
その仕草を、別に女みたいとか、そういう風には思わない。
そういう生き物みたいだ。