コーヒー



そろそろ目に見える成功が欲しい。

私は毎日、いつもどおりの帰り道を歩いて考えている。

何もかも失敗しているわけでもない。

しかし何もかもうまくいっているわけでもなかった。


ただ、いつも通りすぎる八百屋でレモンを買った。

思い立って、薄切りにして、コーヒーに入れてみる。

爽やかでおいしかった。


次の日、姉から静岡土産のはちみつをもらった。

コーヒーに入れてみる。

優しい味でおいしい。


ハンバーグを作ったらナツメグが余った。

コーヒーに入れてみる。

あまりに知らない香りでおいしい。


知人からブランデーの小瓶をもらった。

コーヒーに入れてみる。

香りが大人でおいしい。が、別々に飲んでも良い。


輸入品店で巨大なマシュマロを買った。

コーヒーに入れてみる。

マシュマロが邪魔でおいしい。


大量のキャラメルに飽きた。

コーヒーに入れてみる。

これはすばらしく芳しくておいしい。


そして今、ばばちゃんから持たされた手作りあんこを、

コーヒーに入れてみる。


いま読み終えて本棚に戻した自己啓発本にはこう書かれていた。

『成功の種は、小さな挑戦である』


コーヒーは一杯毎に新たな挑戦であるから、

成功の種など、目の前のカップひとつで十分ということになる。

本当なのだろうか。信じがたい。


そう思いながら小倉コーヒーをすすると、

しかしこれがなかなか、おいしいのである。