パーカー



夜の空気がすんと冷えてきた。

素直なにおいのする夜風だ。

鼻を突き上げるように空を見上げる。

駅前までだいぶ遠いから、星も見える。


車が1台、走ってくる。

俺はパーカーを脱いで、両手にもち、すれ違いざまにくるっと一回転した。

夜風にくぐらせたパーカーは、濃紺に赤のテールランプラインが入った色になる。

なかなかいい色に染まった。

満足して、袖を通す。


犬猫病院の窓から光が漏れている。

外には大型犬が繋がれていて、夜空を見上げていた。

その男優のような横顔を見ながら、パーカーを脱いで、ばさっと振りさばく。

闇のなかにぼうっと光る金の毛色に染まった。

犬は、パーカーを羽織りなおす俺をまたじっと見てから、あごを足において目を閉じた。


パーカーを夜に染めながら、一人で歩くのは、俺の趣味だ。

夜のパーカーを羽織ると、その中の包まれた体と心が、しっとりとなじむ気がする。


人の目をみないようにフードを被ったまま、駅前通りの人波を泳ぐ。

ああ、人いきれの中は、まだ夏の匂いがする。

振り向くふりをして、足を切り返してターン、また前を向く。

まるで行き場のないダンサーだ。

俺のパーカーはきっと、家路を急ぐスーツの波と繁華街の色に染まってる。


どんなに消えてしまいたいと思っていても、夜のパーカーを羽織れば、息が吸える。

駅前通りを抜けて、最近つぶれたパチンコ屋の前まで来た。

小さい頃からずっとあったパチンコ屋で、いつも明るく、騒がしかった。

ここでパーカーを染めれば、アメリカのカジノの夜景みたいな色に染まって、気に入ってた。


首をもたげて、勢いよくターンすると、フードが外れた。

俺が着ているパーカーは、人気のない暗闇で崩れたコンクリートと、同じ色だった。


俺が小さい頃から、本当はこんな色をしていたんだろうか。

ずっと、こんな色をかき消すように、光っていたんだろうか。


体内の水は数週間で入れ替わるという話を、何故かぼうっと思いだしていた。

足先が水辺のある公園へ向かう。


歩こう。

あそこで見る夜の水面は、寂しく重い色だけど、気に入ってはいる。


今夜は気のすむまで染め直そうと思う。

月明かりはまろやかに滲むだろう。