グリズリー
彼が本当のグリズリーに見えるようになってからなんだかんだで3週間たち、私の気持ちもようやく落ち着いてきた。
落ち着くことができたのは、前々からクマのような男だと思っていたからかもしれない。
「ただいまー」
グリズリーはのそのそと玄関まで出てきて、私に覆い被さるように抱きつき、ぐりぐりと顎を私の頭になすりつける。
「ぐりずりーぐりぐりー」
いくら洗ってもけものくさい毛に埋もれながら笑う。
グリズリーはおかまいなしに、しばらくぐりぐりしてから、気が済んだように奥へ戻った。
彼がグリズリーになってからというもの、まずは突然動物になってしまった人間のすべきことを調べ、何もつかめないままに私の脳神経にどんな異常が起こったのかとその原因を調べたら、若い人間が突然もうろくになる原因などストレス以外にはなく、規則正しい食事・睡眠・運動が彼を元の姿に戻すだろうという原因に落ち着いた。
現在はストレス解消のために、グリズリーをからかいながらグリズリーについて調べ物をするのが恒例になっていた。
「カリフォルニアの州旗にグリズリーの絵があるんだって」
グリズリーは、ウェブを見ながら下着を外す私の後ろに座って、もふりと顎を頭にのせてくる。
「これ。可愛くない?」
グリズリーはむくりと立ち、舌を出してエジプトの壁画みたいな格好をする。
どうみても、1846年以降のカリフォルニアの州旗のグリズリーだ。
「あはは」
気に入ったらしい。私もこの年代のポーズが一番ひょうきんで好きなのだ。
今夜はラーメンを食べたい、背脂の量で殴りつけるようなラーメンだと言ったら、グリズリーはのそのそと体を揺らしてついてきた。
歩きながらグリズリーは鼻先を上げ、秋になろうとしている夜風のにおいをかいで、目を細めている。
私も匂いを嗅ぐ。
大きな性器を力一杯に打ち付けられ、痛みに泣いた夜も涼しかった。
あの夜からずっとグリズリー。
私一人がおかしい。
「カリフォルニアってアメリカのどのへんだったっけね」
私がきいてもグリズリーは、グリズリーなので返事ができない。
グリズリーは食べ放題のご飯を大盛に持って、巨体をもふっと椅子の上に置き、もこりと首をかしげた。
「行ってみたいかもなあ。海外行ったことないけど」
私はいつまでカリフォルニアの話をしているんだろう。急にきまりが悪くなったけど、でもそれ以外の話なんてしたくなかった。
遠い話をしたかったのだ。
――じゃあ、新婚旅行がはじめてになるかな。
この巨体の隣にいると、たまに声が聞こえることがある。
グリズリーは鼻先をやけどしないように、ラーメンを注意深く冷ましている。
「……そうかな。そうかもね」
その響きがやけに懐かしくて、私は鼻をすすった。