腹鰭を切ると魚の逃避経路が変わる

標識放流や非致死的にDNAや同位体サンプルを取る目的で、「腹鰭の切除」が100年以上前から行われてきた。しかし、意外なほどに魚類の腹鰭の機能は良く分かっていない。腹鰭の機能に関しては、第二次世界大戦開始直前の1938年にイギリスのHarris博士がブレーキとしての役割を果たすことを明らかにしたが、それ以降は2008年に低速遊泳や低速旋回時に重要な役割を果たすことがStandenによって示されるまで、70年もの間全く研究がなされてこなかった。一方、腹鰭を切ったら生残率・回収率が下がった(もしくは変わらなかった)という論文は山ほど出ていた。そこで、私は腹鰭を切ると捕食回避に重要な逃避反応(Cスタート)に何らかの悪影響が出るのではないか、そしてそのために生残率・回収率が下がることがあるのではないか、という仮説を立てて実験を行った。実験には、腹鰭除去による標識放流が実際に行われているシロクラベラ人工種苗を用いた。

実験の説明の前に、Cスタートについて簡単に説明させていただく(図1)。Cスタートとは危険を感知した際に、ほとんどの魚類と両生類の幼体が示す反射反応であり、脳の両側にあるマウスナー細胞が関与している。まず、どちらか一方のマウスナー細胞が刺激されると、逆側の体側筋が収縮しCの字に屈曲する(ここまでがStage1)。続いて、尾鰭を逆側に振ることで一気に加速する(これがStage2)(注1)。これらの運動は非常に短時間で起こるため、通常200 fps(1秒に200枚)以上のハイスピードカメラで映像を撮る必要がある。

図1.Cスタートの模式図。S0:元の位置、S1:Stage1の終わり、S2:Stage2の終わり、A0:刺激に対する姿勢角、A1:Stage1角度、A2:Stage2角度、A3:逃避角度、A4:逃避経路角度

まず、本実験に先立ってCスタート時に腹鰭が使われているかどうかを確かめた(注2)。その結果、旋回方向の内側・外側の両方の腹鰭がStage1の際に広げられていることが分かった。

続いて、片側の腹鰭を除去した区とコントロール区のCスタートを撮影し、様々な運動パラメータを両者で比較した。その結果、最初の旋回の内側の腹鰭が無い場合に、Stage1角度と逃避角度と逃避経路角度がコントロール区に比べて大きいことが分かった。一方、最初の旋回の外側の腹鰭が無い場合は、Stage1角度と逃避角度と逃避経路角度に違いは認められなかった。また、Stage2角度は旋回方向に関係なく、腹鰭が無い場合に小さかった。加速度・速度・距離・角速度などその他にも様々なパラメータを両者で比較したが、違いは認められなかった。

以上の結果から、腹鰭には旋回のブレーキや旋回の軸としての役割があり、腹鰭を除去すると逃避経路が変わることが示唆された。この結果と、腹鰭除去により回収率や生残率が下がったという先行研究を併せて考えると、腹鰭除去は実際の捕食回避にも悪影響を及ぼすと考えるのが妥当だろう。

注1)最近のPIV解析によると、Stage1から魚体の推進(加速)は始まっているとのこと。

注2)論文ではこの順番だが、本当は後付けで実験は行っている。

Yuuki Kawabata, Hideaki Yamada, Taku Sato, Masato Kobayashi, Koichi Okuzawa and Kimio Asami. Pelvic fin removal modifies escape trajectory in a teleost fish. Fisheries Science. in press. DOI: 10.1007/s12562-015-0953-9