斜め後ろから来る捕食者の攻撃はかわせるが、真正面や真後ろから来る攻撃はかわせない

私たちの日常生活は危険で満ち溢れています。例えば、歩道を歩いているときに車が猛スピードで突っ込んでくることがあるかもしれません。大地震が発生して、大きな物が落ちてくることもあるでしょう。そのような事態に遭遇してしまった場合、私たちはどうにかして生きのびる方法を考えるでしょう。あるいは反射的に逃げ始めているかもしれません。「逃げる」という行動は私たち人間も含め、多くの動物が生きるためにとる行動の一つです。

ほとんどの現代人は捕食者についてなじみがありませんが、自然界では多くの動物の命を脅かす存在です。動物は捕食者に襲われたときや捕食者を見つけたとき、捕食者から逃げます。この「逃げる」行動を詳しく観察すると、捕食者から遠ざかる方向へ体を向けてから移動を始めることが分かります。例えば、体の前側から捕食者が近づいてくると大きく方向転換します。一方で、後ろ側から捕食者が近づいてくるときは、体がもともと逃げようとする方向へ向いているので方向転換をする必要がありません。そのため捕食者が後ろから近づいてくるときは、すぐに移動を始められるという点で逃げやすくなると考えられます。

しかし、体の後ろ側というのは動物にとって認識しにくい部分です。歩道を歩いているときに突然、自転車に後ろから追い抜かれてびっくりしたことがある人も多いのではないでしょうか。そのため、動物は捕食者が後ろから近づいてくると逃げ遅れる傾向があります。もちろん逃げ遅れた分だけ不利になります。

以上のように、捕食者の方向は「方向転換にかかる時間」と「死角」という2つの点で、動物が「逃げる」行動に影響すると考えられます。しかし、この考えが実際に確かめられたことはありませんでした。そこで私たちはマダイの稚魚がカサゴから逃げる様子をハイスピードカメラで撮影して、捕食者の方向が「逃げる」行動にどう影響するのか調べました(図1)。

図1.カサゴから逃げるマダイ稚魚

図2.カサゴの接近方向とマダイが逃げきれた確率(割合)の関係.

その結果、カサゴが斜め後ろ(120-150度)から近づいたとき、マダイは最も逃げやすくなっていることが分かりました(図2)。そして、頭側と真後ろからカサゴに近づかれたとき逃げにくくなっていました(図2)。頭側から近づかれたとき、マダイは方向転換に長い時間がかかっていました(図3)。その間にカサゴに近づかれて、逃げにくくなったと考えられます。真後ろから近づかれたときは、かなり近づかれてからしか反応しませんでした(図4)。この方向はマダイの眼では認識できない方向です。そのため、気づくのが遅れて、逃げ遅れたと考えられます。すなわち、視野の範囲内(0-160度)に入っているが、方向転換にほとんど時間がかからない「斜め後ろ」がマダイにとって一番逃げ易かったのだと思います。

多くの方は逃げる行動での「方向」といえば「逃げる方向」を想像するのではないでしょうか。一方でこの研究での「方向」は「敵の方向」です。この研究によって敵の方向が重要なことを示すことができました。頭側が弱点であるというのも意外だったのではないでしょうか。私も水槽内で飼育している魚を網で掬うときに、この結果を実践しています。実感としては横の方向よりは頭側の方が掬いやすいという程度ですが。

図3.カサゴの接近方向とマダイの方向転換時間の関係

図4.カサゴの接近方向とカサゴに気付く距離の関係

(原文:木村 響)

Kimura H, Kawabata Y*. Effect of initial body orientation on escape probability in prey fish escaping from predators. Biology Open. 2018. 7(7). bio.023812 PDF