林木育種の分野では,より良い種苗が生産できるよう,遺伝的に優れた「精英樹」を選抜する取り組みを脈々と続けています。
今回私たちは,北海道の主要な林業樹種であるトドマツ(モミ属)を対象に,第二世代精英樹選抜を行いました(2014年9月から2015年1月にかけて実施)。
その際,「成長」と「材質」の両方における遺伝的改良を試みることとしました。トドマツでは心材の生材含水率が高い「水食い」がしばしば認められ,製材利用等の課題となっています。そこで,材質の観点での遺伝的改良が求められていましたが,若齢時における材質の評価が困難なこともあってこれまで後回しにされていました。しかし今日においては,トドマツ精英樹検定林が材質評価に耐えうる林齢に達しつつあるとともに,非破壊的な材質測定手法も確立されつつあります。そのような観点から,今回行った精英樹選抜では,成長の良し悪しだけではなく,材質も選抜基準に加えることとしました。
本ページでは,精英樹選抜のための評価形質,またその選抜基準について,解説記事を掲載します。
なお,精英樹選抜の取り組みと選抜結果の概要を,「光珠内季報」誌にて報告しています(石塚ら,2015)。
選抜のための評価形質
現地での調査・非破壊的測定から,成長に関しては「幹材積」,材質に関しては,水食いに関わる「心材生材含水率」と,材の比重に関わる「材密度」の3形質を精英樹選抜のための評価形質としました。
幹材積
現地にて胸高直径(DBH)と樹高を測定し,これら2つの値から算出します。幹材積は個体がどれだけのボリュームかを表しますので,材木の観点からの評価とも相性が良いと考えられる指標です。算出には,既存の立木幹材積式の中から,北海道全域の針葉樹に適用可能とされる換算式を使用しました(林野庁,1970)。この換算式は表-1 に則り,DBHによって与えるパラメータが異なります(表-1)。式の移行領域(DBH=20~22,30~32cm)では,前後の式の加重平均を用いることとしました。このパラメータの違いは,個体の成長に伴う形態の変化が反映されています。
表-1.個体別立木幹材積の換算式
V; 幹材積 (m3),DBH; 胸高直径 (cm),H; 樹高 (m)
心材生材含水率
現地において,幹を打撃した際に生じる固有周波数 (kHz) の測定(非破壊的測定)を行うことによって評価に供するデータを得ました。固有周波数は測定は加速度分析器(FFTアナライザー SA-78,リオン社)を用い,胸高位置においてハンマーで水平方向から打撃を与えることで測定されます。固有周波数は測定対象の性質によって変わり,立木であれば,幹の太さや水分の多さに影響されることが知られています。したがって,きちんと太さの違いを考慮することができれば,水分量,すなわち生材含水率の違いを検証することができます。
図-1.加速度分析器を用いた横打撃共振周波数の測定
例として2サンプルを示す。横打撃共振周波数は矢印で示した強度最大の周波数。サンプルAのほうがBよりも共振周波数が低い。
実際の測定では,分析器に図-1 のような様々なピークが記録されます。このうち強度が最大の波を「横打撃共振周波数 (f)」として取り出しました。余談ですが,良い測定には,周囲に「コーン」と響きわたる,シャープで適度な強度の一撃が求められます。この「コーン」という音,幹が太い木の場合には低く聞こえますし,逆に,枯死して乾燥が進んでいそうな木の場合には(心なしか乾いたような)高い音で響きます。分析器が取り出す周波数も,この音を「波長」として捉えたものにすぎません(単位は Hz で波の振幅を表します)。そのため,先ほど述べたような太い木の共振周波数は低く(低い音),枯死木の共振周波数は高く(高い音)なるのです。なるほど,共振周波数として取り出される値というのは,私たち測定者の「耳」でもある程度違いを実感できる値のようだと,測定データを眺めながら思ったものです。
さて,この共振周波数は水分の多さだけでなく幹の太さにも影響されるため,含水率評価にあたっては,太さの影響を取り除く必要があります。それには横打撃共振周波数 (f) と胸高直径の積(df値,単位;cm・kHz)が有効で,実際にdf値(正確にはその逆数)と心材生材含水率との間に高い相関関係があることが,トドマツを含む複数の樹木で立証されています(釜口ら,2000;井城ら,2010;陶山ら,2013)。今回,トドマツの心材生材含水率の評価にあたっても,df値を算出し,これを心材生材含水率の指標として用意し,評価に用いることとしました。なお,これまでの研究によって,トドマツにおいては,心材生材含水率 (%) = −102.16 + 4.40 × (df × 10−3) −1 の推定式が報告されています(井城ら,2010)。この推定式に則ると,心材生材含水率が100%,140%,200%となるdf値はそれぞれ21.8,18.2,14.6になり,df値が小さいほど含水率が高くなります。心材の小試験片を調べた研究からは,水食い材とそうでない心材の含水率の境界は約140%と報告されていますので(石井・深沢,1987),df値がおよそ18を下回る場合には水食い材が懸念されると言えるでしょう。
材密度
現地において,ピロディンと呼ばれる木材試験機(ピロディン Forest 6J,富士テック社)を用いた非破壊的測定によってデータを得ました。この試験機は一定のエネルギーで幹にピンを打ち込みますので,幹に対して水平に打ち込んだピンの陥入深 (mm) を読み取ります。これだけで材密度を調べることができるのですが,これは,木材の材密度が外部から加えた応力に対する応答の違いで評価できることを利用しています(Wang et al.,1999)。
ただし,ピンの打ち込まれ方によっては測定値にばらつきが生じます(たとえば極端な例ですが,節の部分や地面際の根張りでは値が狂い,正確な評価はできません)。そこで,1個体につき,方角を変えて4回打ち込み,陥入深を記録することとしました。また,測定高についても同様に測定値のばらつきが生じる原因となりますので,およそ地上高1m部位に固定して反復測定しました。
材密度指標として1個体あたり4回測定したピロディン陥入深の平均値を用意し,材密度の評価に用いました。この値が大きいほど,材にピンが深く陥入したことを示すため,材密度が低い(材が柔らかい)という評価になります(Wang et al.,1999)。したがって,材密度の高い個体の選抜を目指す際には,この値が小さい個体を選抜する必要がある点には留意しなくてはいけません。
個体選抜(形質の評価)
第二世代精英樹は,次代検定林の中から優れた遺伝子型を有する個体そのものを選抜する「個体選抜」によって得ます。すなわち,今回評価対象とした幹材積,心材生材含水率の指標(df値),材密度の指標の3形質において遺伝的に優れた個体を選んでくる必要があります。そこでまずは,各形質において,植栽環境等に由来する効果を除いて遺伝的特性を適切に評価するため,「育種価」と呼ばれる値を算出しました。育種価は,次世代に伝わる遺伝子型の効果によって,次世代の形質値が現在の集団平均からどれだけ変わるかを表す期待値,と説明される値です。これまでの精英樹選抜にも用いられてきた値で,グイマツの精英樹選抜を行った取り組みに実用例をみることができます(来田,2013)。
実際の算出は解析ソフト ASReml 3.0(VNI international社)を用い,統計学的手法に基づいて行います。例えば,検定林の反復や植栽位置(林縁/周囲に他個体あり),家系などの情報を与えることで,系統的に発生する誤差を推定し,遺伝的特性を抽出します。
個体選抜はこの育種価を用います。今回の選抜では,成長に優れ,かつ,材質に欠点のない個体を選抜することを目的とし,材積の育種価が「平均+0.5×標準偏差」以上の値であり,かつ,心材生材含水率と材密度の指標の育種価がそれぞれ平均以上,という基準を設けることとしました。材積の選抜基準は,上位約30%までが合格する(形質値の分布型が正規分布に従う場合)値で,これまで特性値として用いられてきた5段階評価のスコア(森林総合研究所林木育種センター,2015)でいうところの4および5に値します(図-2)。これら3形質すべての選抜基準を満たす個体を,精英樹候補として抽出しました。
図-2.形質の頻度分布と選抜基準
頻度分布を,平均(μ)と標準偏差(σ)を横軸にして示す。橙色領域が,幹材積に適用される選抜基準。
さらに,とくに成長が極めて優れている個体が候補から漏れてしまわないよう,追加選抜を行うこととしました。ここで,「極めて優れている」という判断の基準は「幹材積(表現型値)が林分の平均よりも1.4倍以上大きい」こととしました。この追加選抜についても,幹材積の基準を満たした上で,材含水率と材密度の両方に欠点がない(表現型値において林分平均よりも優れる)という必要条件を満たした個体のみを合格させることとしました。なお,平均の1.4倍という基準は,平成25年公布・試行の「森林の間伐等の実施の促進に関する特別措置法」に基づく特定母樹指定基準(林野庁,2013)にのっとっています。
このような選抜基準を設け,幹材積・心材生材含水率・材密度を評価基準とした精英樹選抜を進めました。その結果,検定林調査木のおよそ6%の優良なトドマツを第二世代精英樹候補木として選抜することができました。詳しくは,選抜概要報告を参照ください(石塚ら,2015)。
引用文献
石塚航・今博計・来田和人 (2015) 根釧地域におけるトドマツ第二世代精英樹の選抜, 光珠内季報, 176, 9-14.[web版へのリンク]
井城泰一・田村明・飯塚和也 (2010) 横打撃共振法によるトドマツの心材生材含水率の非破壊的評価.木材学会誌 56: 33-40.
石井哲男・深沢和三 (1987) トドマツ水食い材の水分移動に関する研究:樹液成分と壁孔閉鎖.北海道大学農学部演習林研究報告 44: 1277-1305.
釜口明子・中尾哲也・児玉泰義 (2000) 横打撃共振法によるスギ立木の心材含水率非破壊的推定.木材学会誌 46: 13-19.
来田和人 (2013) グイマツ第2世代精英樹の選抜.光珠内季報 167: 4-8.
林野庁 (1970) 立木幹材積表-東日本編-.日本林業調査会出版 13-16.
林野庁 (2013) 特定母樹の指定関係 別紙1 特定母樹指定基準,http://www.rinya.maff.go.jp/j/kanbatu/suisin/pdf/02_tokuteiboju_oubo1_kijun.pdf (2015年7月6日).
森林総合研究所林木育種センター (2015) 林木遺伝資源特性評価要領,http://www.ffpri.affrc.go.jp/ftbc/iden/documents/tokuseihyoukayouryou20150401a.pdf (2015年7月6日).
陶山大志・桐田龍一・物部英樹 (2013) 横打撃共振法による9樹種大径木の共振周波数の検出に及ぼすハンマー重量の影響.木材学会誌 59: 105-111.
Wang T., Aitken S., Rozenberg P., Carlson M. (1999) Selection for height growth and Pilodyn pin penetration in lodgepole pine: effects on growth traits, wood properties, and their relationships. Canadian Journal of Forest Research 29: 434-445.
by. 石塚 航, Ishizuka Wataru