■目次
【寄稿】自民党「新たな国家安全保障戦略の策定に向けた提言」の問題点
【寄稿】NPO法人と財務
【寄稿】長崎県崎戸町訪問始末記 故郷を水陸機動団の訓練場にさせない
【寄稿】「旧宮家の男系男子養子縁組」は憲法違反
【書評】下斗米伸夫 著『新危機の20年-プーチン政治史』
【研究会報告】《経済分析研究会》「資本主義は終わった」
【案内】2022年度通常総会、記念講演会
■巻頭言『50年ぶりの円安が映す、経済大国・日本の現実』
為替相場の円安が急速にすすみ、政府内から「悪い円安」論が出始めている。もちろん「1㌦=131円」といった名目レートは、所詮は通貨の交換比率を表すだけの「良い」も「悪い」もない経済現象にすぎない。だからドルに限らず他の通貨との為替レートの推移を平均して見比べ、さらに物価の動きも考慮に入れるなどしてはじき出される「実質実効為替レート」(以下、実質実効レート)が、通貨の「真の実力」の指標とされているのだが、この実質実効レートで比較すると、2022年2月の水準(66.54)は、1972年2月(66.25)以来、実に50年ぶりの低水準なのである。
ではこの「円安」は何をもたらすのか? 対外貿易依存の強いグローバル時代の為替レートの下落=「円の実力」の低下は、原材料などの輸入価格の高騰を通じて、貿易立国・日本の経済にマイナス要因として作用することは疑いない。しかし現在の円安は、そんなことでは済みそうにない。
そもそも「原料を輸入して工業製品を輸出する」貿易立国なる経済モデルは、半世紀もむかしの経済モデルである。しかも自動車産業などの輸出企業は「円安メリット」に依存する以上に、海外生産の比重を高めて為替変動リスクを回避してきた。結果として日本企業は、海外直接投資の資金調達で円を売り、あるいは収益を現地に再投資することで「円買い」の必要がなくなるなど、それこそグローバルな企業活動によって「円安傾向」を助長してきたと言うことができる。
たしかに10年前、自動車、電機など輸出産業は1㌦=90円の円高に悩まされ、アベノミクスを掲げた安倍政権は日銀総裁に黒田東彦氏を登用、「長期のデフレを克服する」と称して「異次元金融緩和」なる円安誘導政策を推進した。「2%のインフレ」達成を目標に実施された大量の国債買入れからマイナス金利という「掟破り」の金融緩和はいま、景気浮揚効果がほとんどない低金利政策として継続されることで欧米諸国との金利格差を広げ、円売り圧力を高めつづけている。
かつて「ミスター円」と呼ばれた元財務官・榊原英資氏は、「円安メリットはもはや過去のものであり、今は円高メリットの時代になっている」と『週刊東洋経済』誌のインタビューに答えているが、4月末の金融政策決定会合で金融緩和政策の継続を決めた黒田・日銀総裁は、「(円安は)経済全体にはメリットがある」と低金利政策の継続を強調している。
では、超低金利政策の継続によって何が問題となるのだろうか?
実は金融関係者の間では、「家計の円売りに本格的に火が付く展開に注意が必要」という指摘が出始めている。ここで言う「家計」は個人の金融資産のことだが、2000兆円といわれる家計部門の金融資産のおよそ半分は、円建ての現金・預金として国内の金融機関に貯まっている。それはこの国の国債残高1000兆円超の担保にもなっているのだが、他方で政府が円安に対する為替介入の原資となる外貨準備(円換算で約170兆円)よりもはるかに大きいのだ。つまり全くの仮の話だとしても、この家計部門の現金・預金のわずか20%足らずが外貨建ての資産にシフトするだけで、政府の円安介入の原資が枯渇してしまう可能性があるということなのだ。
日本の10年物国債の利回りは2016年以降ほぼ0%で推移し、預金金利にいたっては、メガバンクと呼ばれる銀行でも年利0.002%、100万円を1年預けて20円の利息が付くのが現状なのだ。この現状への潜在的不満と老後の生活資金への不安が重なったとき、同じ10年物国債でもユーロ0.9%、ドイツ1.0%、アメリカ3.0%という金利が、この国の高齢者層に「藁をも掴む思い」で「清水の舞台から飛び降りる」決断をさせないとは言い切れないと思うのだ。その時日本政府は、長期マネーの海外流出が引き起こす円の急落を止められないかもしれない。(運営委員・佐々木希一)