目次
【 寄 稿 】黒い雨訴訟高裁判決の確定と今後の課題
【 記 念 講 演 】2021年度通常総会記念講演「靖國の憂鬱」
【 報 告 】雑誌『現代の理論』発行差止請求 東京地裁 、知財高裁判決
【 報 告 】2021年度通常総会
【 書 評 】エドワード・ルトワック著『ラストエンペラー 習近平』
【 研究会報告 】《経済分析研究会》「バイデン新政権の100日」
【 シンポ報告 】《先住民族研究会・先住民族問題研究会合流記念》「なぜ、いま先住民族か」
立つ鳥跡を濁さず?
9月9日の記者会見で菅義偉首相は事実上の退任表明と、9月末まで緊急事態宣言の延長と行動規制緩和を進める方向を打ち出した。この会見のポイントは9月末緊急事態宣言解除に向けて、コロナ禍の現実を改革する医療・療養政策を打ち出すことではなく、緊急事態と認定する従来基準を大幅に緩和する「新基準」を採用したことにある。
ワクチン接種が行き渡る11月を念頭に、重症者が少なくなれば、元の日常へ回帰できるとの「出口戦略」で行動規制緩和の情報が一気にあふれ出し、自民党総裁選一色のメディア状況と重なり、ほとんど論議もなく安心感が膨らんでいる。しかし、この新基準は現状のままでは緊急事態宣言解除は難しいので、9月末解除に向けて政府判断の基準を変えたというにすぎない。尾身茂分科会会長は「政府が一方的に決めず国民的論議をしてほしい」とクギを刺したが、「今秋、事業者や国民の代表である与党議員と議論すれば国民的議論になるとして」一蹴された、と報道されている。
周知のように、8月2日菅政権は中等症・軽症の患者は原則自宅療養とするコロナ政策転換を表明した。中等症以上を原則入院させる従来方針を転換し、入院は重症者や重症化が想定される患者に限り、中等症・軽症の患者は原則、自宅で療養とする内容であった。突然発表された新コロナ政策について、8月4日の衆院厚労委の閉会中審議では、尾身分科会会長は「政府とは毎日のようにいろいろなことで相談、連絡、協議しているが、この件に関して相談、議論したことはない」と発言。政権中枢の科学的知見を考慮しない政治への傾斜が一段と深刻化しているように見える。
さて、この新基準とは何か?
従来は緊急事態宣言の判断基準は新規感染者数、PCR陽性率、医療逼迫具合(病床使用率)などの5項目であった。当然ながら、従来新規感染者数が増えれば、その後重症者も増え、病床も圧迫されるので、新規感染者数は「先行指標」として重視されてきた。
市民にも分かりやすかった。しかし、今の基準のままでは当分の間宣言が解除できない、新規感染者数が多くても緊急事態宣言を出さなくてもすむようにしよう、こうして、医療供給体制重視の新基準が検討され、新規感染者数が判断基準要素から消し去られた。9月末緊急事態宣言解除は、「『立つ鳥跡を濁さず』ではないが、宣言もきれいに解除して次の政権に引き継ぎたい」との官邸幹部発言(朝日新聞9/10)が、新基準採用の姑息な特徴を示しており、菅政権の「置き土産」であることを示している。
振り返ってみれば、安倍・菅政権はコロナ対策の基礎となるデータの収集と蓄積が全く不十分である。限定的なPCR検査しか決して認めない自民党政権のコロナ政策の負の遺産がここに集約されている。「緊急事態宣言などで人の行動を縛ることばかりに意識が向き、感染症を取り扱う基礎がつくられなかった。ワクチン接種に至る今日まで、現状把握の検査、つまりデータがないまま政策を組み立てている。感染が拡大するまで方針を作れない、対策をとってもすべて後手、後手になる。科学的根拠を基礎にしないから、市民に政策を説明できない。市民との対話ができない」(阿部とも子衆議院議員・毎日新聞7/20)
9月末緊急事態宣言解除へ新規感染者数を削除した新基準採用なる暴挙は自民党コロナ政策が破綻し、コロナ感染症への制御不能事態への暴走が始まっている兆しではないかと危惧する。コロナ非常時に危機管理能力を失った自公政権の末期が始まっている。(運営委員 山田勝)