投稿日: 2020/03/19 9:29:11
この1ヶ月ほど新型コロナウイルスをめぐる報道が連日メディアを賑わせている。
3月に入ってから、各種イベントやスポーツ競技の中止や無観客開催が余儀なくされ、さらには、安倍首相直々の要請があって全国の小中高等学校での一斉休校が始まった。市場では、マスクやアルコール消毒液だけでなく、トイレットペーパーやティッシュ、さらには一部食材までもが店頭から姿を消しているらしい。飲み屋からも客足が遠のいている。
この時期毎年、日本では1000万人以上のインフルエンザ患者が発生し、そのうち約1万人が死んでいるのが現実であり、患者、重症者、死亡者の絶対数を比べれば、新型コロナウイルスの影響はそれほど深刻であるとは思えない。とはいえ、国民の大多数が新型コロナウイルス感染症に対する恐怖と不安を隠せないでいる。それは、新型コロナウイルスが文字通り新種で過去のデータ蓄積がなく、感染→発症→重症化→死亡のメカニズム、それぞれの段階に進む割合が不明であり、予防ワクチンや治療薬がなく、治療方法が確立していないからである。さらに最近では、誰が感染しているかが分からないという、疑心暗鬼が加わっている。
したがって、政府・厚労省がこうした状況下で取り組むべきは、国民に蔓延した恐怖や不安、疑心暗鬼を解消していく努力である。そのためにはまず、現在どのくらいの国民がこのウイルスに感染しているのかを地域ごとに把握し、そのうち何人が発症し、何人が軽症のうちに回復し、またどれくらいの確率で重症化し、死亡まで至るのか、その条件は何かを明確にし、どうすれば発症や重症化を防ぐことができるのか、を示すことである。ところが出発点になる感染者の特定ができていないところに問題を複雑にしている原因がある。
というのも中国・湖北省に滞在歴がある者だけにウイルス検査を限るという「湖北省しばり」がきつく、 多少具合が悪く本人が求めても検査は拒否されるので、まだ症状が出ていない感染者はほとんど捕捉してこなかったからである。そうしたのは検査や入院の施設の能力に限りがあり、検査希望者が殺到すると本当に検査と治療の必要な重症者を助けられなくなるからだ、というのが当初の説明だった。検査データを大量に集める絶好の機会があった。クルーズ船が横浜港に着岸した時である。その時点で乗員乗客全員の検査をし、感染者や発症者を隔離し、ウイルス陰性の人たちも体調の観察を続け、それらのデータを分析していれば、クルーズ船からこれほどの感染者を出すことはなかったし、その後の対処方針がすべてにおいて後手後手に回ることもなかったはずである。
にもかかわらず検査件数が一向に増えていないのは、「湖北省しばり」という初動における判断ミスから始まり、それを固執した厚労省の施策に因るのではないか。厚労省には、感染症(伝染病)は国が管理するべきであるという戦前からのお上意識が色濃く残っており、今回も情報を独占したいがために患者を囲い込んだのではないか。さらに、先に決めたことを変更することは誤りを認めることになり、それはできない、というもう一つの悪しき官僚意識も働いていたかもしれない。こうした明治以来の国家主導の感染症(伝染病)対策の負の遺産としては、「らい予防法」によるハンセン病対策が思い浮かぶ。新型コロナウイルスが新たな差別と排除に繋がらないように、事実と科学的知見に基づいた冷静な議論が求められよう。(運営委員 牧梶郎)