投稿日: 2020/01/23 8:22:00
2020年の新年=子(ね)年が明けました。私たちは変動著しい政治・経済・社会情勢をウォッチし多様な言論を発信し続けます。NPOは昨年秋に季刊『現代の理論』の刊行3周年・書店販売(同時代社発売)2周年を迎えました。今年も皆さまの一層のご支援とご協力をお願い申し上げます。
新年3日に突然報道されたイラン革命防衛隊コッヅ部隊ソレイマニ司令官の米軍による殺害の事実に正月気分が一挙に冷め緊張感が背筋を走った。ソレイマニ司令官はイランでは最高指導者ハメネイ師に次ぐ英雄だという解説を聞くと、当然のことながらイラン革命防衛隊による米軍基地報復攻撃とそれに対抗する米軍の反撃攻撃という連鎖が中東全体を巻き込む地域戦争にエスカレートするのではないか、という危機感を抱いた。
1月3日現地時間0:30ソレイマニ司令官の搭乗機がバクダッド国際空港に到着、司令官は車両に乗車。空港を出発し貨物ターミナル付近を走行しているところに(イラクの米空軍基地からの)米無人機から発射された誘導ミサイルが命中し司令官は死亡、同乗していたカタイブ・ヒズボラのムハンディス司令官も死亡した。ハメネイ師は3日間の喪に服した後の報復を宣言。4日、米軍が駐留するバクダッド北部空軍基地にロケット弾3発着弾。9日、米国・イランとも「国連憲章上の自衛権行使」を主張して安保理事会に所定の報告書簡を送った。
イラク政府は米軍の今回の暗殺作戦に同意しておらず主権侵害と抗議、イラク議会(スンナ派フセイン政権崩壊後は議会多数はシーア派)は「米軍及び有志連合軍」の撤退を決定した。米国内では(連邦下院でも)司令官殺害の根拠に疑問が提起されている。米国政府は2003年対イラク武力行使権限授与を援用したテロリストの標的殺害と主張し自衛を正当化するが、司令官は米国と交戦状態にないしイラン政府の要人である、自衛の要件である「切迫した危険」は認められない、など。大統領の憲法上の最高司令官権限濫用に対してチェックをかけるために下院・民主党は「議会が承認しない限り、トランプ大統領は30日以内にイランとの軍事行為を止めなければならない」とする決議案を用意しているといわれる。
ソレイマニ司令官はイラン革命防衛隊のみでなくイラク・シリア・レバノン・アフガニスタン・イエメンなど(シーア派回廊)国外で各地シーア派の民兵組織に資金・武器・訓練を提供する対外工作を担ってきた人物であり、シーア派勢力の統一戦線を作ってきたとされる(川上泰徳(中東ジャーナリスト)「中東は戦争に向かうのか?」2020.1.6ネット配信)したがってソレイマニ亡き後のシーア派勢力・各地民兵の対米ゲリラ的軍事行動は予測できない。IS排除作戦を米軍と協働して担ってきたソレイマニ司令官を殺害した後にISが支配領域を再度拡大する危険は高い。その意味でトランプの中東戦略は理解できない。
米国は海洋安全保障イニシアティブのもとに「有志連合軍」結成を呼びかけ英豪などが応えてペルシャ湾岸に軍を派遣しイラク内にも駐留しているが、日本は米国の要請には応えず昨年12月27日、中東海域(ホルムズ海峡やペルシャ湾を除く)への自衛隊派遣を閣議決定した。問題は自衛隊派遣の根拠が防衛省設置法4条の「調査・研究」であることだ。防衛省設置法は組織法であり、組織に権限を付与する性格のものであり(防衛省に調査・研究機関を設けるなど)、自衛隊の行動の根拠は作用法である自衛隊法でなければならないが今回はその根拠が示されていない。今回の派遣は国会審議を全く経ずに閣議決定と防衛大臣の派遣命令のみで処理しようとしている。
「調査・研究」活動目的の派遣では「武器使用」は正当防衛または緊急避難の場合に限られる。軍事攻撃からの日本船舶防護の必要事態が生じた場合の「武器使用」には防衛大臣が「海上警備行動」(海警行動)(自衛隊法82条)を発令して対応するとされるが、その対象は「商船」(軍艦・政府船舶以外の海賊船など私有船舶)に限られ海上秩序維持の海上警察権の行使を認めるものである。公海上の外国軍艦には「海警行動」は行えない(「【軍問研】ニュースの背景」2020.1.6)。
イラン革命防衛隊は国に準ずる主体なので「武器使用」は国際法上自衛権発動になり、対イラン武力攻撃とみなされる。今回の自衛隊派遣の法的枠組みのいい加減さについては、通常国会開会とともに優先議題として緊急に審議して専守防衛を逸脱する自衛隊の海外派遣が国および派遣自衛隊員を重大な危険にさらすものであることを厳しく認識して派遣を直ちに中止すべきである。(理事長・運営委員 古川 純)