投稿日: 2019/10/23 7:13:32
中国建国70年を祝う国慶節の10月1日、香港では中国と香港の両政府に対する大規模な抗議デモが行なわれ、デモ隊と警察が激しく衝突した。香港警察は、現場の警察官が実弾1発を発砲し、18歳男子高校生の左肩を撃ったと発表した。警察が実弾を発砲した動画を大学の学生会が公開。ネット上で広く出回っており、警察に対するデモ隊や市民の怒りが一気に増幅、香港情勢は緊迫の度合いを増している。
今回の民主化抗議デモの発端は香港政府が今年6月に出した「逃亡犯条例改正案」にあった。それをめぐり、6月からデモが本格化、9月3日にはデモ参加者が170万人にも上った。
香港市民の政府に対する要求は次の5項目である。
1.逃亡犯条例改正案の完全撤回
2.抗議デモを「暴動」と呼んだことの撤回
3.逮捕者の釈放
4.警察の暴力的制圧の責任追及、独立調査委員会 の設置
5.林鄭月娥の辞任と行政長官の普通選挙の実現
こうした要求は林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官の推し進める言論弾圧と香港の独立を訴える団体を活動停止に追いやる中国政府=習近平体制に忠実な行政運営への異議申し立てであり、その背景には、中国からの急速な人と金の流入によって、香港の底辺の生活基盤がより不安定化してきていることがある。
福嶋亮大立教大学准教授が、張彧暋(チョウ・イクマン)香港中文大学講師と、2016~17年に交わした往復書簡を書籍化した『辺境の思想-日本と香港から考える』(文藝春秋)から紹介しよう。
グローバリズムとナショナリズムの対立が再び先鋭化している今日、香港はその対立の凝縮された「政治的」な都市として生まれ変わりつつある。香港はこれまで世界有数のグローバル・シティとして繁栄を築いてきた。しかし、2014年9月の雨傘運動以降、「中国化」に反発する独立派のナショナリストが台頭、グローバリズムとナショナリズムが切り結ぶ現代世界の縮図となっている。
張彧暋は、雨傘運動以降、香港人の心に芽生えたものとして「個人的・公民的ナショナリズム」があると主張している。
ナショナリズムは、一般的には「ネーション」「民族」といった言葉に見られるように、生まれつきの「属性原理」として捉えられることが多く、血縁や伝統といったものによって定義されてきた。それに対し、張氏は、そうしたナショナリズムの理解に異議を唱えるグリーンフェルドのナショナリズムの四類型論をあげている(ナショナリズムの概念を四つの指標で分類、ネーションの構成が個人的か集合体的か、メンバーシップが公民的か民族的かといった掛け合わせによる四類型)。
いま起きているナショナリズムの問題の大半は、戦前の日本や現代の中国に見られるように、国家によって半ば強制的に育まれた集合体的・民族的なナショナリズムが個人の自由を縛ることに起因している。それが、今、香港行政府により行なわれていることだ。それに対し、香港の若い世代は、個人尊厳の感情に目覚め言論の自由や法治主義を希求している。個人的・公民的なナショナリズムは、社会を一個の有機的な共同体ではなく、あくまで独立した個人の連合体として捉えるのである。そうした個人の尊厳と自由を求める運動の拡がりを、香港の雨傘運動の中にみることができるのではないかと私は考える。(運営委員 豊田正樹)