投稿日: 2019/08/20 10:09:54
現実に起こった政治問題を想起させる本格的な社会派映画(政治サスペンス映画)として今なお上映中(8月7日現在関東の22館で大ヒット上映中)の映画『新聞記者』を観た。官邸は、望月衣塑子『新聞記者』(角川新書、17.10)が原作であり内調(内閣調査室)が重要なテーマの1つになっているのでコメントをするかと思われたが、コメントは映画をかえって目立たたせると考えたのかやめたらしい。
私が注目したのは二人の主役=女性新聞記者と外務省から出向の内調職員ではなく、日本のCIAとして占領下に組織された内閣官房調査室=内調(のちに内閣情報調査室に名称変更、室長は内閣情報官)の公安警察と連携した悪質な諜報活動の実態である。松本清張は小説『深層海流』(1962、『日本の黒い霧』の続編)を書き、「内調の役目が(情報蒐集を逸脱して)謀略性を帯びていた」と執筆意図を述べている。
映画『新聞記者』はフィクショではあるが、前川喜平元文部科学次官の「出会い系バー」報道や伊藤詩織さんの性被害告発、加計学園問題に類する私立医療系大学設置問題が登場し、『同調圧力』(角川新書、19.6)の共著者=望月衣塑子・前川喜平・マーティン・ファクラー元NYタイムズ東京支局長による「内調とは何か」座談会番組のTV放映シーンを挟んでいるので、現実の問題と薄い紙1枚隔てただけの実録ものという印象が極めて強かった。
この特徴が口コミで鑑賞人口を広げていった理由かも知れない。アメリカ『バイス』(J.Wブッシュ政権のチェイニー副大統領)、韓国『タクシー運転手』(1985年「光州事件」)ではモデルが明確な実録映画が続々制作され、観客動員を誇っている。日本ではこういうタイプの社会派実録映画はなかなか制作されてこない。
映画の原案/企画・製作/エグゼクティブ・プロデユーサー(スターサンズ)の河村光庸氏は「(政権に批判的な映画に関わると)『干される』と、二つのプロダクションに断られた」(朝日19.7.4)と言う。さらに河村氏は「この数年起きている民主主義を踏みにじるような官邸の横暴、忖度に走る官僚たち、それを平然と見過ごす一部を除くテレビの報道メディア。最後の砦である新聞メディアでさえ、現政権の分断政策が功を奏し『権力の監視役』たる役目が薄まってきているという驚くべき異常事態が起きている」と述べ、「そのような状況下、正に『個』が集団に立ち向かうが如く官邸に不都合な質問を発し続ける東京新聞の望月衣塑子さんの著書『新聞記者』に着想して、企画構想した映画が『新聞記者』です」(映画パンフレット『新聞記者』)と映画製作に取り組んだ問題意識を語る。
映画で内調の上司・内閣参事官を演じる田中哲司は怪演というべきだ。松坂桃李演じる主役・内調職員に国会前で安保法制に反対する市民たちを撮影した公安警察回付の写真を渡して「彼らを調べろ」と言い、「一般市民ではないですか」と反論されると「彼らは潜在的な犯罪者だ」と断ずる。その背後には、フェイク情報も含めて官邸サイドに協力するSNSグループに謀略情報を流して世論を政権に都合よく誘導する諜報(Intelligence)活動がある。映画の核心には総理と親しい理事長申請の私立医療系大学を内閣府の特区審査で設置認可する問題(加計学園問題を思わせる)があるが、隠された生物兵器開発研究機関の併設計画が主役・女性記者によってスクープ暴露されるとメディア操作で「誤報」扱いをしてニュースを葬り去るのも内調である。最後に内閣参事官は言う、「この国の民主主義は形だけでいい」。(運営委員 古川純)