投稿日: 2019/04/19 6:54:40
EU離脱をめぐるイギリスの迷走が続いている。メイ首相がEUと合意した離脱協定案が議会でことごとく否決される一方で、離脱の是非を再度の国民投票で問おうという労働党の修正案も、離脱を一時棚上げする案も否決され、いわゆる合意なき離脱による経済的混乱のリスクが高まっている。
現地の実状は不透明ながら、さまざまな報道によれば経済的リスクを嫌ってEU離脱を考え直す人々が増えており、再度の国民投票があればEU離脱は覆るだろうとの観測がしきりだ。だが孤立無援のメイ首相は、再度の国民投票の要求には耳を貸そうとしない。今年1月21日の演説で彼女は、その理由について「2度目の国民投票は、われわれが国民投票をいかに取り扱っていくかということに対し、困難な前例を作り出してしまう。そればかりか、連合王国の統合をバラバラにしよとする政治勢力に手を貸すことになってしまう」と述べた。後半は北アイルランド独立派に対するけん制だが、注目すべきは前半の「困難な前例を作る」と言うくだりだ。
彼女は、国民投票がひとたび選択した政策はそれを実行する前に、しかもそれが覆るかもしれない再投票は提案できない、なぜなら国民投票という民主的手続きへの信頼が損なわれる危惧があるからだと言うのだ。実にシンプルな民主主義の考え方である。その選択が、一時の情動に駆られたものであろうとも、である。
もちろんイギリスの政治文化は、国会での立法と「習律」(法律ではなく国家運営上の慣例的ルール)などの集大成を「憲法」として民主主義を作り出してきた以上、「前例」は他国以上に重い意味を持つのかもしれない。
しかしそれでも、「成文憲法」を持つこの国・日本の現在の民主主義の在り様は、あまりにひど過ぎる。特に「アベの民主主義」は、議会の多数派維持のためだけに都合主義的争点を口実に解散・総選挙を強行し、あるいは官僚の人事権を濫用して憲法解釈を強引に変更し、はては住民投票に法的拘束力がないというだけで示された民意を一顧だにしない一方で、口先では「真摯に受け止める」とか「理解を得る努力」などとうそぶくやり方は、この国の保守党の目に余る劣化と保守政治家たちの堕落とを見せつけて余りある。
自らは必ずしもEU離脱賛成ではなかったにもかかわらず、離脱強硬派が政権を引き受けない事態を潔しとせずに首相に就任し、そしていま孤立無援の状況下でなお、民主的手続きに対する確たる政治哲学を表明できる保守政治家・メイ首相の言動に、「議論による統治」を最も重要な「近代概念」の指標とした19世紀の政治学者・ウオルター・バジョット以来の、イギリスの政治的伝統を見る思いがするのだ。(運営委員 佐々木希一)