投稿日: 2018/07/18 7:03:41
歴史的な米朝会談が行われ共同宣言が出されて1カ月になろうとしている。日本のメディアでは、CVID(完全で・検証可能な・不可逆的非核化)という言葉が盛り込まれなかったことを理由に、この共同宣言の意義を貶める論評が盛んである。会談以前に、米政府高官らが「CVIDでなければ非核化とは認めない」と発言していたので、その尻馬に乗っただけかもしれないが、そもそも彼らはCVIDが現実的な基準なのか、と考えたことがあるのだろうか。ここでは主に「不可逆的非核化」について検討してみたい。
核開発は、「金」と「知識」とその「意志」さえあれば、どこの国でもいつでも進めることができるので、この三要素を完全に無くすことをしなければ、不可逆的とは言えないことになる。北朝鮮の場合は、経済制裁を続けても一定額の国防費は捻出できるし、核兵器や施設は破壊しても得た核知識を白紙に戻すことはできない。また、敵視政策を取る隣国がある限り、核兵器への誘惑は断ちがたいだろう。というわけで、北朝鮮の非核化を当面不可逆にするためには、イラクやリビアのように、核開発を望む指導者を殺害排除し、国の経済や社会を全面的に破壊するしかない。好戦的ネオコンのボルトンはそれを想定してCVIDやリビア方式を声高に主張しているのである。あるいは安倍首相も北朝鮮の崩壊を期待しあえて強行路線に執着しているのかもしれない。しかし日本国民の大多数はそんなことを望んではない。さかしらにCVIDを口にする「「評論家」は、徒らに戦争を煽る者としてもっと謗られて然るべきだろう。
それでは北朝鮮の非核化を少しでも後戻りしないようにするにはどうしたらよいのか。先にあげた三要素中で最も主導的である「核兵器保持の意志」を、限りなく小さくすることである。北朝鮮が核兵器開発に踏み出したのは、米韓とは依然として戦争状態が続いており、毎年数回の合同演習に見られるその軍事力を脅威と感じたからである。したがって、戦争状態に終止符が打たれ、攻撃される懸念がなくなり、朝鮮半島に平和がおとずれれば、北朝鮮が核兵器に固執する必然はそれだけ低下する。それを実現するためには、相互の信頼関係の醸成から始まる、米韓中朝による朝鮮戦争の終戦条約やロシアや日本もいれた東アジアの多国間平和条約の締結、などが課題となる。時間はかかるがそれしか道はない。
それにしても、すでに手にした核兵器を北朝鮮が放棄することなど考えられない、という論調はまだ強い。しかし、世界には保有する核兵器を破棄し、核開発を断念した国も実際に存在する。南アフリカである。南アフリカは1970年代に、隣国アンゴラとモザンビークにソ連とキューバの支援を受ける政権が誕生し、またアパルトヘイト政策により国際的に孤立していた状況下で、核兵器開発を始め1989年までに6発の原爆を製造保持した。その後、ソ連の崩壊やキューバ兵の撤退など自国近隣での冷戦状態終結や、アパルトヘイト政策の放棄による国際社会への復帰など、安全保障環境の変化に伴い核開発を断念し、保有する原爆も1990年にすべて解体した。91年にNPTに加盟し、93年にIAEA(国際原子力機関)により核開発計画の廃棄が正式認証されている。以降、核再開発の疑惑はなく不可逆が続いている。
南アの例が示唆するのは、安全保障環境の改善こそが核開発への意志を捨てさせ、不可逆的非核化を実現する現実的な方策ということであろう。
(運営委員 牧梶郎)