投稿日: 2016/12/17 6:08:17
山脇岳志朝日新聞アメリカ総局長は、「超大国アメリカの有権者は、大統領にしてはいけない人物を大統領に選んでしまったのではないか」と論評、いま、アメリカで起こっている事態を、想定外の「トランプ・ショック」と報じている。
しかし、こうした見方で、今日の事態を捉えることが、はたして正しいのか。今回の事態をどう考えたらよいのかについて、朝日新聞ニューヨーク支局 金成隆一記者の『トランプ大国』を行く のルポを紹介しながら考えてみたい。(朝日新聞10.31-11.13)
金成記者は、「トランプ大国」の実態-“トランプ支持の声なき多数派の理屈よりも情念が勝っている声”を余すところなく伝えている。
かつて栄えた鉄鋼業や製造業が廃れ、失業率が高く、若者の人口流出も激しい「ラストベルト(さびついた地帯)」。そこが「トランプ大国」だった。
本音を言う正直な男だ。プロの政治家じゃあない。気に入ったよ「大型ハンマーも削岩機も知らない、ショベルの裏と表の区別もつかない政治家に俺らの何がわかる?年金の受給年齢を引き上げようとする政治家は許さない。ヤツらは長生きするだろうが、俺の体は重労働でボロボロだ」「溶鉱炉の同僚の半分は早死にした。政治家なんて選挙前だけ握手してキスして、当選後は大口献金者の言いなり。信用できない」と。
こうしたトランプ支持者の声を、裏付けるデータがある。アメリカの人口構成は、白人(ヒスパニック系を除く)が米国人口の約63%とまだ多数派。だが、昨年、白人の中年(45~54歳)の死亡率について、衝撃的な論文が米国で発表された。医療技術の進歩で、欧州の国々でも、また米国の黒人やヒスパニックでも死亡率が軒並み低下する中で、米国の白人中年だけが99年以降、年間0.5%ずつ上昇を続けているという。さらに米紙の報道によると、中年白人男性の死亡率が高い地区と、トランプ支持率の高い地区が重なっているとのことである。自殺や薬物中毒、アルコール中毒死も、多く、米資本主義の中核だった白人労働者層が、グローバリズムに伴う産業転換で見捨てられ、命を縮めた結果と考察されている。
今回の大統領選において「自由貿易主義か保護貿易主義か」が、中心テーマになった。そして、トランプは、この選挙戦を通じて一貫して主張してきた“反自由貿易”を考慮せざるをえなくなっている。レーガン時代からのグローバリズム・不平等化の拡大に対して、グローバリズムから撤退し、「国家利益第一」を外交戦略として打ち出している。トランプを大統領にまで押し上げた、アメリカの大衆層の情念を共有しているように振舞ってきたトランプ氏だが、トランプ氏もまた既得権益を手放さないし、未だ開かれた世界を知らない、古いアメリカの成金なのである。
今回の「トランプ・ショック」は、感情と憎悪と不信で、一票を投じてしまうことを、避けるよう、アメリカ国民のみならず、私たちをも戒めている。自分が投票する一票の重みと価値に、私たちも改めて気づき、責任を持ちたいものである。
(運営委員 豊田正樹)