投稿日: 2016/02/15 10:05:56
あれはいったい「何だったんだ」。
あれとは「SMAP騒動」だ。昨年末から燻っていたそうで、1月中旬になってスポーツ紙が「報道」、全国紙も取り上げた。18日のテレビ番組でSMAPが生謝罪会見を行い、表向きは収束した。最初の報道で、外国でも名の売れたタレントだけに「独立。よくやった」と思ったのだが…。今後の展開にはさほどの興味もない。しかし、この1、2週間の「報道」と展開に、今の日本の社会(ムラ)がはらむ問題の一端が見えた。
石破茂大臣のコメント「キャンディーズ以来だね」は芸能ゴシップへの単なるゆるい感想と思っていたが、政財界もマジに動いたらしい。SMAPは2020年東京パラリンピック支援団体の応援役になったそうで、政財界も力を入れていただけに「解散は日本のイメージダウンにつながる」と懸念したらしい。逆じゃない?と思うが…。安倍晋三首相も19日の参院予算委員会で存続を歓迎した上で、「政治の世界もそうだが、同じグループが長年続く上においては、さまざまな課題もあるだろう」と、意味ありげなことを言っていた。
そしてメディアの対応。新聞は「謝罪会見」後、「SMAP存続」と報道、会見の写真やメンバーの発言を大きく掲載。テレビはダンマリを決め込み、スポーツ紙の記事を壁新聞のごとく張り出し説明をするだけ。これらメディアの対応については、ジャーナリストの津田大介氏が1月28日の朝日新聞「あすを探る」で取り上げており、同ページの高橋源一郎氏の論壇時評ともども説得力のあるものだった。
この騒動に、芸能界の裏側を見たという人も多いだろう。一部の絶対的な権力者が支配、造反などは存在しない前近代的な価値観がまかり通っていることが白日の下になった。戦後の映画界では「五社協定」があり、他社出演や引き抜きはご法度。歌謡界でも独立は、完全に干されてしまうことにもつながった。戦国や江戸時代でもあるまいし、芸能人に人権なしと言わんばかりの仕打ちだ。
日本には独立や移籍を「悪」と見なす風潮が強い。戦国時代には、ほかの大名に仕えたい家臣は、前の主人の許可を得ることが暗黙のルールで勝手に出て行けない。「奉公構」という刑罰もあって、これを受けると他家への仕官ができない。黒田家の家臣、後藤又兵衛の話は有名だ。加えて今回、SMAPの事務所はオーナー会社、創業者一族が経営陣にいるから、大名も同じ。雇用主の圧力が働いたと見る。去るも地獄、残るも地獄か。
それでは日本の芸能人に人権を守る組織や団体はないのか。周りの芸能人には、「解散するな」「独立するな」との、事務所側に立った声が多かったようだが…。「アメリカではこんなことは考えられない。本人たちの自由だ」という。個人主義が徹底しているためか、野球の大リーガーを見れば分かる。芸能人の場合も同様だ。映画俳優協会というのもしっかりしており、人権のためにはストライキも辞さないという。日本はどうか、この間の報道には出てこない。逆に、日本音楽事業者協会という業界内の不文律やルールをつくる互助会があり、タレントを縛っている。それがテレビを含めた芸能ムラの現状だ。
思えば政界もムラのようなものだが、業界や共同体、部分社会の悪いところ、怖さばかり目立った。日本の風土には、この種のものは育たないのだろうか。(運営委員 寺嶋紘)