投稿日: 2014/06/20 11:41:57
NEWS LETTER 6月号 巻頭コラム
産業競争力会議はアベノミクスの「第三の矢」となる成長戦略を検討・提言する安倍首相の私的諮問機関だが、今年4月から「労働時間と報酬のリンクを外す『新たな労働時間制度』」と称する「残業代ゼロ制度」の導入が検討されている。
残業代ゼロ制度と言えば、第一次安倍政権の2006~07年に提唱された「ホワイトカラー・エグゼンプション」を思い出すが、今回、産業競争力会議雇用・人材分科会主査である長谷川閑史(経済同友会代表幹事)名で提出された説明資料(長谷川ペーパー」)によれば、前述の「労働時間と報酬のリンクを外す」という労賃の概念を根底から覆す理念の下、労働者の地位や報酬額による限定条件すらない文字通り「全労働者を対象にした残業代ゼロ制度」が検討されているのだ。
原案は4月9日の競争力会議の雇用・人材分科会に提案された「スマートワーク」なる新制度の創設であり、経済産業省経済産業政策局長の菅原郁郎が発案者と言われる。それは「本人同意」と「労使合意」があれば労働者の業務や地位に関係なく、それこそ新入社員も含むあらゆる労働者に適用可能な「画期的」な内容である。
背景には、民主党政権時代の財務省に代わって安倍政権下の主要会議の事務局を取り仕切る経産省の「思い入れ」がある。1つは、アベノミクスの成否が外国人投資家の主導する株価動向にかかっており、だから「とにかく外国人投資家受けする政策」を探し廻って「岩盤規制」と呼ばれる雇用分野の「規制緩和」に目をつけたこと、そしてもう1つは、財務省が提案した「年収1000万円要件」(適用範囲を年収1000万円以上に限定)案に対して、経団連が「年収1000万円を要件にすると会員企業のほとんどは利用できず、意味がない」と訴えたことである。
前者は財務官僚を見返したい経産省官僚の「官僚的面子」の発露だし、後者は、政府の要請に応えた賃上げ=官製ベアの見返りとして、財界が改めて「より使い勝手の良い残業規制の緩和」を要求したということである。経産省官僚の品格もだが、経団連の「おねだり」もまた「はしたない」と眉を寄せたくなるレベルだ。しかし、すべての労働者を対象にする「残業代ゼロ」制度という「強欲」な外国人投資家には受けるだろう「成長戦略」は、現実の労働実態を見ずに若年労働者の使い捨てを助長するもの、その意味でこの国の未来を危うくする「売国的政策」と言うべきである。
実は今年の3月頃から、牛丼チェーン最大手の「すき家」で店舗閉鎖が目立ちはじめている。「すき家」は08年、残業代未払いで提訴されて一、二審で敗訴、最高裁に上告中の2012年12月に和解して上告を取り下げ、未払いの残業代と和解金を支払った前科を持つ「準ブラック企業」である。
その「すき家」の店舗閉鎖は当初、店舗改装や機器メンテナンスなどとごまかしていたが、深夜帯の「ワンオペ」(1人勤務)と12時間以上の長時間勤務、さらに新製品(牛すき鍋)投入に伴う労働の過密化などでアルバイトが次々と辞め、人員不足に陥って店舗の閉店・閉鎖が続出する事態になっているというのだ。
つまり「スマートワーク」なる制度が経産省官僚の思惑通りに導入されれば、他の外食企業も「すき家」に習ってアルバイトたちに「無料の残業」を強要し、この国の未来の担い手たちの疲弊と消耗を助長するに違いないのだ。それはブラック企業がブラック企業でなくなることを意味するだろう。(運営委員 佐々木希一)