投稿日: 2015/09/29 10:28:10
『FORUM OPINION』30号特集テーマ「戦後70年 どこからどこへ」
前号に引き続き「戦後70年」に関連して、「戦後70年研究会」の2報告を中心に特集「戦後70年 どこからどこへ」として論稿を3本、特別寄稿を1本収めた。前号の福永文夫論稿「『戦後70年』を考える」は、戦後日本の原点として「占領」―憲法と安保をとらえ、日本国憲法の制定―天皇制と「民主化」との両立、連続と断絶などをめぐって論点を整理するとともに問題提起がなされた。本号では、戦前日本と同盟関係にあったドイツ(敗戦・占領、新建国による断絶)およびイタリア(敗戦・占領と自力解放・共和国憲法制定のねじれた関係)との比較を中心に「どこからどこへ―3国の過去の克服の違い」を考え、占領期日本の新憲法制定論とその思想的系譜を論じた。
佐藤健生論稿「過去の取り組みの日独比較」は、基本的に日独比較の「ドイツ・モデル論」の立場からさまざまな論点に関して日本との違いを論じた。ナチス・ドイツ中央政府はヒトラーの自殺によって瓦解しドイツ国防軍は連合国に無条件降伏した(占領下の中央政府は存在しないので直接占領)。日本は「国体」=天皇制の存続を暗黙の条件として政府・軍が降伏し、敗戦・占領下に天皇・政府が存在しつつGHQの指令を受けながら統治を行った(間接占領、ただし沖縄は米軍政府の直接占領)。ドイツ(西ドイツ)は「罪は当事者=ナチスにあるがドイツ人には責任がある」という基本思想のもとに「不正・不法行為を正す」責任に対応する「補償」を50年以上にわたって続けてきた。日本は問題を「戦争賠償」中心にとらえて「補償」の意識はきわめて弱く、1990年代になって慰安婦・強制連行訴訟提起を機にようやく「補償」問題が取り組まれた。最近のいくつかの企業の「和解」による「補償」が注目される。
内藤光博論稿「イタリアにおける過去との『断絶』と『連続』」によれば、イタリアは敗戦国として短期間の占領を経験しながらレジスタンスによるファシスト追放・処刑によって自力解放したという特殊な国際的国内的地位にある。戦後は国民投票によって王制を廃止し共和国憲法を制定したが、戦後処理・「戦争賠償」・「補償」の問題は残された。戦前のイタリア王国(ファシスト・ムッソリーニ政権)はアフリカに植民地を領有しアルバニア侵略などを行ったが、1947年パリ講和条約によって個別に「賠償」を支払ったものの旧植民地には「賠償」しなかった。1938年の人種法によってユダヤ人を強制収容所へ送ったが、1952年~57年にファシズム体制化の被害者に対し「補償」として終身年金を支給する年金法を制定したものの、人種法とのンクを無視して強制収用ユダヤ人への特別の「補償」は認めなかった。イタリアは「賠償」も「補償」も不徹底に終わっているといえるだろう。
日本の戦後直後の政党・労働組合などの再建と並んで日本文化人連盟など多数の文化団体が生まれ、自由な言論空間を創った。安藤紀典論稿は、日本文化人連盟が進歩的な憲法草案を提案した「憲法研究会」の母胎となったことを論じ、佐藤弘幸論稿はその「憲法研究会」の中心=鈴木安蔵が吉野作造に連なる系譜にあったことを明らかにした。比較・精読されるようお薦めします。(本誌編集委員会本号編集責任者・古川 純)