40億年の進化史を通じ、生命は多様な環境へと適応放散してきました。その生命史の中でしばしば、他種生物との共生によって革新がもたらされ、新たな環境における爆発的な進化と種多様化が起こったと考えられています。
本分野では、共生をはじめとする生物種間の相互作用を鍵として、生物多様性が創出されるしくみを解明します。野外生態系におけるフィールドワークとゲノム科学・情報科学を融合し、分子・細胞レベルの現象から個体群・群集・生態系の階層における生命システムの駆動原理を読み解きます。
植物-微生物共生系と魚類-微生物共生系を主要な研究対象としていますが、新たな生命現象の解明につながる挑戦的な研究展開を目指し、多様な生物を野外で探索しています。現在の科学で利用できる分子生物学的・情報科学的手法の粋を融合することで、生命史を新たな視点から俯瞰していきます。
私たちは緑あふれる生態系を当たり前のものとして暮らしています。しかし、陸上植物の祖先と真菌類の共生が4億5000万年前に起こっていなければ、陸上生態系も私たち人類も存在し得ませんでした。鍵となったのが、植物と菌根菌の共生でした。藻類を起源とする陸上植物の祖先にとって、陸上環境で水や養分を獲得するのは非常に困難でした。しかし、先に陸に進出していた真菌類は、細い菌糸をネットワークのように地下に張り巡らし、水や窒素・リンを獲得することができました。この菌糸ネットワークをインフラとして利用する菌根共生の成立によって、陸上植物の爆発的進化の足場が形成され、緑の大地が生まれていきました。
近年の研究で、菌根菌だけでなく、内生菌と総称される多様な真菌類が植物の根圏に共生し、植物の養分獲得や環境/病害虫ストレスへの抵抗性獲得に深く関わっていることがわかってきました。こうした真菌類との精緻な共生機構が、陸上植物のゲノムに刻まれているのです。
本分野では、森林・草原・農地生態系におけるフィールドワークを起点としつつ、研究室内で確立した菌株ライブラリの接種試験や遺伝子発現解析等の分子生物学的アプローチを組み合わせて、植物と微生物で構成される共生システムの動態を紐解いています。野外環境下では、1個体の植物が数百・数千種の真菌類や細菌類と関わりながら生育しています。その複雑なシステムの中から、鍵となる共生微生物種を見出すとともに、多種システム全体としての振る舞いを予測・制御する科学的基盤を構築していきます。
ヒトの腸内には多様な細菌類が共生し、宿主である私たちの健康状態を大きく左右していることが近年明らかにされてきています。一方で、ヒトやマウス以外の動物と共生微生物叢との相互作用については、基礎的な知見が不足しており、広大な科学研究のフロンティアが拡がっています。
本分野では、魚類を主な研究対象として、微生物叢の動態が宿主動物のパフォーマンスに与える影響を探っています。魚類の腸内にも、ヒトやマウスと同様に多様な共生微生物が生息しています。また、水中に棲息する魚類の生理は、水圏生態系内の微生物叢によっても左右されます。
これまでの研究から、魚類が棲息する水圏の微生物叢組成(種組成)が劇的に変動していることが明らかになってきました。魚類の健康にプラスに働く微生物叢組成とマイナスに働く微生物叢組成からなる多重安定性が存在し、これらの「代替安定状態」間の急激なレジームシフトが魚類の生理・生態に多大な影響を与えることがわかってきました。ビタミン類等の栄養素獲得に関わる細菌や免疫の活性化に関わる細菌が「コンソーシアム」を組むことで安定かつ機能的な魚類共生微生物叢が構築されている可能性に着目し、大規模DNAシーケンシングと統計物理学・機械学習・ネットワーク科学を融合した研究を展開しています。
こうした研究を通じて、多種生命システムの多重安定性が成立する根本原理が見出されていくと私たちは考えています。ヒト腸内細菌叢においても、生物叢組成が劇的に悪化するディスバイオーシス(dysbiosis)と呼ばれる現象が知られていますが、その背後にある物理学的過程は相互作用システムの振る舞いとして統一的に記述されるはずです。生物叢のレジームシフトを予測・制御する理論体系の構築と実験系における検証を進めていきます。
本研究室では、積極的に新たな研究対象の開拓を行っています。
興味を持っている生物群の研究者人口が少なくて進学先の研究室が見つからない、従来の研究手法では解明できることに限界がある、どうしてもこの生物の研究がしたい、という要望にできるだけ応えます。
野外調査と多様な分子生物学的ツール、画像解析、DNAシーケンシング技術でデータを取得し、多角的な情報科学的分析を行っていけば、きっと新しい研究アプローチが見えてくるはず。
本研究室が探索している生物種間の相互作用の研究領域では、わかっていること自体が氷山の一角です。一緒に生命現象理解のフロンティアを開拓しましょう。
細胞内の現象であれ、組織・個体・個体群・群集レベルの現象であれ、生命現象は決定論的過程と確率的過程の両方によって成立しています。この決定論性と確率性(偶然性)を統合的に理解する枠組みを構築することで、発生生物学や生態学をはじめとする生命科学の諸分野に通底する原理が見えてくると期待されます。
これまで、細胞内の過程を読み解く生命科学と、細胞が集合した個体以上のレベルの構造・動態を読み解く生命科学は、異なる分野として発展してきました。しかし、ゲノム解読や遺伝子発現解析がデフォルトのツールとして利用できるようになった現在、生命システムの階層を超えて働く過程や原理を解明することが可能になりつつあります。
本研究室では、野外や実験システムにおける生命現象の多様性を把握するとともに、各種の分子生物学的技術や顕微鏡観察技術を駆使したウェット分析を進めるだけでなく、数理生物学・非線形力学・統計物理学・ネットワーク科学等に基づくドライ分析を最適化・プラットフォーム化しつつ、多様な生命現象に挑んでいます。
地球温暖化や食料・水・エネルギー資源をめぐる対立は、健康・安全保障・世界経済を脅かす主要因になりつつあります。人為的に放出される温室効果ガスの10倍にあたる量が、生物の活動によって大気と土壌(地中の生物圏)の間を行き来しています。つまり、土壌への温室効果ガスの取り込みを促進し、排出を抑制すれば、温室効果ガスの大幅な削減を期待することができます。また、土壌中では、キノコやカビのなかまが水や養分を吸収して、植物に渡しています。こうした菌類をうまく利用すれば、植林による森林再生を効率的に行い、また、水や肥料を効率的に利用する農業生態系をつくれるかもしれません。
こうした観点から、これまで科学の「ブラックボックス」とされてきた地下の生態系を解明する手法を確立し、森林生態系の再生や効率的な農業生態系の設計の土台となる環境科学を展開することを本研究グループでは目指しています。生物の遺伝情報(ゲノム)の大規模解析と、コンピュータ科学の最先端理論を融合することで、「生態系の潜在能力を活かす」地下の生物間ネットワークについて、極めて基礎科学的な観点から応用を見越した提案をできるのではないかと考えています。
本プロジェクトでは、地下に棲むあらゆる生物を研究対象として、多様な生物たちがかたちづくる生態系をまるごと理解する研究手法を開発しています。これまで別々の研究分野の対象として扱われることが多かった多様な生物たちを研究対象とするのは大変難しいことですが、そうした研究ではじめて見えてくる生態系のしくみがきっとあることでしょう。生態学、植物生理学、菌類学、進化生物学、分子生物学、分子系統学の専門家が集まるチームで、人類はどう生態系と関わっていくべきなのか、幅広い視点から答えを探っていきます。
陸上植物は4億5000万年ほど前に地球上に現れたと言われていますが、そのごく初期の化石から、菌根菌との共生関係の証拠が見つかっています。地球上の陸上生態系を形作ってきたこの共生系には、アーバスキュラー菌根共生、外生菌根共生、エリコイド菌根共生を始めとする多様なかたちが知られています。さらに、近年、従来の菌根共生の定義に当てはまらない、多様な植物-真菌共生系がつぎつぎと明らかになってきています。
多様な森林・草原・農地生態系における野外調査とともに、「小さな森林生態系」をつくる実験等を行いながら、地下に秘められた共生系の全容を解明していきます。
生物は、他種との競合や協力をつうじて、刻々と変化(進化)しています。そのなかで、それぞれの生物種が独自の戦略を進化させ、他の種が対抗戦略を進化させる、「共進化」という現象が起こっていると考えられています。生態系は決して「静的」なものではなく、戦略を「共進化」させる生物たちが作り上げる、「動的」なシステムなのです。
それぞれが、「相手に負けないように」進化を続けると、「軍拡競走」という共進化のレースへと進展します。ヤブツバキ(Camellia japonica)という植物は、昆虫に種子を食べられないよう、分厚い「果皮」とよばれる器官で種子を保護しています。しかし、ツバキシギゾウムシ(Curculio camelliae)という昆虫は,口がドリルのような構造をしていて、この果皮に孔をあけ、中の種子に産卵してしまいます。このような関係のため、ツバキは厚い果皮を進化させ、ゾウムシは長い口を進化させてきました。
ツバキもゾウムシも、相手が進化してしまうため、さらなる進化をする必要に迫られます。こうした共進化のレースがどういった条件下で起こるのか、日本各地での野外研究から解明を試みています。これまでの研究成果から、軍拡競走の進みぐあいが、地域によって大きく異なっていることがわかりました。特に、南九州や南四国では、ツバキの果皮が厚く、ゾウムシの口吻も長い傾向にあり、気温などの気候要因が、ツバキとゾウムシの軍拡競走を制御していることが明らかになってきました。こうした事実から、生物どうしの共進化レースにおいて、環境の変化が大きな影響をおよぼすことが示唆されます。
生態系内には無数の生物がいて、お互いに関わり合っています。しかし、そうした相互作のうち、人間が直接観察できるものはごくわずかです。私たち人類は、自然界のしくみや動きについて、まだごく僅かな知識しか持ち合わせていないと言えるでしょう。
たとえば、体長3mmのクモが夜中に地面を歩き回りながら何を食べているのか、どうやったら解き明かせるでしょうか? 草や木の上できのこを出して死んでいる昆虫たちは、いったいいつ冬虫夏草に感染してしまったのでしょう? 新しい分析技術を開発しながら、こうした疑問に答えていきます。