【腕足動物】

翼形態に秘められた機能性

Post date: Feb 17, 2014 6:01:35 AM

翼形態型腕足動物スピリファー類は,古生代中期の「腕足動物の多様性黄金期」を築いた仲間です.翼を広げたような殻の内側には,螺旋状の濾過器官(腕骨)が収められています.その繊細でかっこいい骨組みは,腕足動物の中でもスター性の高い種類といえるでしょう.

中国では「燕石」とも呼ばれるように,翼形種の殻の形は何らかの流力性能を連想させます.研究者も同じ思いを持っていたようで,殻の形に流体への適応性を 見出そうと注目されてきました.例えば,流れの速い環境に適した姿勢の安定性,凹凸種で見出したような濾過水流の受動性,凧揚げのように海水中へと浮かび 上がる生活様式の特殊性など,多種多様な可能性が指摘されてきました.

受動的に形成される 翼形種の濾過水流には,2つの対立仮説がありました.ひとつは,殻の中央付近の開口部から流入するウィリアムズ・エイジャー説,もうひとつは殻の側方開口 部から流出するラドビック・ヴォーゲル説です.前者の説は,濾過器官を虫取り網のように使って中央から流入した水を濾過する,と想定しています.一方の後 者は,螺旋の外側から水を濾過し,螺旋の内側を通過した水が中央付近から流出すると考えています.そこで,腕足動物が形成する受動的な濾過水流を考えた場 合,どちらの説を支持するのか検証してみました.

1.水槽と模型による流れの可視化実験

パラスピリファー(学名: Paraspirifer bownockeri)とキルトスピリファー(学名:Cyrtospirifer cf. verneuili)の中空模型を用いて流れの可視化実験を行いました.その結果,殻の側方部から水が流出する傾向が認められました.また,殻の内側では渦流が発生しました.

螺旋状の濾過器官を模した骨模型を製作し,同様の実験を行いました.流出領域や殻内側の渦流など流れの挙動は,骨なし模型と同様の傾向を示しましたが,内 部で生じる旋回流は著しく弱くなりました.さらに骨模型に対して横方向の水流を発生させたところ,殻内側で同様の渦流が形成されました.異なる方向にも関 わらず殻内側で生じた共通する流体の挙動は,腕足動物の受動的な濾過水流だと考えても良さそうです.この渦流は,翼形種の持つ螺旋状採餌器官を取り巻く流 れとなっているため,濾過効率の点でも整合的です.したがって翼形種は,渦流を利用した受動的な濾過を行っていたことが示されました.

2.流体シミュレーション

パラスピリファーの中空模型から作成した3Dモデルを利用して,流体シミュレーションを行いました.その結果,翼形種に特徴的な形態であるサルカス付近で 圧力が比較的増加し,サルカス開口部から強く流入することがわかりました.一方,殻の内側で発生した螺旋状の渦流は,スピリファー類の触手が配列した螺旋 状の濾過器官(腕骨)の形態と同調的です.流水実験からも明らかなように,発生した渦流は,翼形種が受動的濾過を効果的に行う上で都合の良い流れといえま す.一連の結果から,翼形種は殻の開口部に生じる圧力差を利用して,殻内側でらせん状渦流を受動的に形成する適応形態であることがわかりました.

背腹それぞれ2方向からの解析結果を比較すると,背殻側からの水流に対して強い流入圧力を生み出しています.一見すると,受動的な濾過水流を効率的に形成 するためには,背殻側からの水流が必要だと考えられます.しかし,背殻側からの水流は,流入機能を備えたサルカス開口部に直接水が入り込むため,殻まわり の流速がそのまま殻内側で生じる濾過水流の流速に反映されてしまうため,濾過水流が安定して形成できません.更に,強過ぎる流入は,腕足動物の貧弱な触手 を押し曲げてしまうため,エサを濾過する上で不都合になります.一方,腹殻側からの水流は,強い流入が生じないものの,殻まわりの流速に依存せず,安定し た濾過水流を確保できそうです.常に安定した螺旋状の渦流を形成していることからも,より受動的な濾過摂食に適している方向と考えられるでしょう.

3.対立仮説、ついに決着

生物を力学的に紐解くバイオメカニクスの視点から,先行研究で対立していた2つの仮説を説明してみましょう.まず,私たちの研究成果は,サルカスまわりか ら流入する点でウィリアムズ・エイジャー説を支持します.しかし,螺旋状の濾過器官を外から内へと流れる渦流を濾過摂食する点では,ラドビック・ヴォーゲ ル説を支持しています.つまり,対立仮説の折衷案となりました.

このような対立仮説が生ま れた背景には,水流の形成から濾過されるまでの「濾過摂食システム」を,部分ごとに考察を繰り広げてきた着目点の細分化があげられます.例えば,ウィリア ムズ・エイジャー説では,濾過器官の形が虫取り網のような円錐形をしているので,サルカスまわりから流入し,濾過器官の内側から水を濾過したほうが機能的 だ,と定性的な推論を展開しました.また,ラドビック・ヴォーゲル説では,殻の側方から水を流入させ,中央付近から水を排出しているホウズキチョウチンな ど現生種の例を,そのまま化石記録に当てはめて考察しています.しかし,システムとしてみた生命現象を捉えるには,各部分の結果を全体へと直接適用させて はいけません.生命の振る舞いを理解するためには,断片的な情報をつなぎ合わせて包括的・体系的に考えなくてはならないのでしょう.翼形種にみられた対立 仮説は,その良い教訓だといえます.

※『凹凸形の殻に隠された謎―腕足動物の化石探訪』(東海大学出版会)から一部抜粋

水槽と模型による流れの可視化実験

椎野勇太・桑水流理・吉川暢宏,2010.CT画像を用いた化石の内部構造の復元:スピリファー類の腕骨形態の例.化石,87,1-2.

Shiino, Y., 2010. Passive feeding in spiriferide brachiopods: an experimental approach using models of Devonian Paraspirifer and Cyrtospirifer. Lethaia, 43, 223-231. doi:10.1111/j.1502-3931.2009.00185.x [abstract]

流体シミュレーション

Shiino, Y., Kuwazuru, O. and Yoshikawa, N., 2009. Computational fluid dynamics simulations on a Devonian spiriferid Paraspirifer bownockeri (Brachiopoda): Generating mechanism of passive feeding flows. Journal of Theoretical Biology, 259, 132-141. doi:10.1016/j.jtbi.2009.02.018 [abstract]

椎野勇太・桑水流理・吉川暢宏,2008.絶滅生物スピリファーの受動的採餌流形成メカニズムに関する数値流体力学的検討.計算工学講演会論文集,13, 531-532.

椎野勇太・桑水流理・吉川暢宏,2008.絶滅腕足類の化石を用いた殻まわりのイメージベース流体解析.日本機械学会第20回バイオエンジニアリング講演会(2008.1.25-26)講演論文集,07-49,61-62.