Post date: Mar 8, 2011 7:20:17 AM
凹凸形態型腕足動物は,古生代の中後期に大繁栄し,古生代末に絶滅しました.その殻形態は,味噌汁腕のフタを逆さまに被せたような格好をしているため,二枚の殻の断面は三日月状になります.
凹凸形態種は,殻の一部を半分埋没させて海底に横臥し,堆積物上に浮かぶ船のような姿で生息していたことが知られています.従来の研究では,殻を力強く開閉することで積極的に殻内外の水を交換し,採餌や呼吸を行っていたと解釈されてきました.一方,殻の開閉に関与する二枚の殻の関節部を見ると,ちょうつがい構造が極めて貧弱であることがわかります.つまり従来の研究では,「未熟な関節構造を持って激しく殻の開閉を行い,能動的な水交換を行っていた」という不合理な解釈が受け入れられてきました.そこでまず,解決すべき問題点を,1)殻開閉システムの復元と,2)水交換メカニズムの検討に絞って研究を行いました.
1.殻開閉システムの復元
最も簡単な殻の開閉量を求める方法は,関節部のちょうつがい構造がどこまで開くか,を調べることです.そこで,凹凸形態型腕足動物の代表種ワーゲノコンカ(学名:Waagenoconcha imperfecta)の化石を切断し,関節構造を観察しました.その結果,ちょうつがい構造のまわりには開度を抑制するストッパーのような構造があり,そのせいで最大6°(体サイズ7cmの個体で開閉量2mm)しか開閉できないことがわかりました.
また,腕足動物の殻の開閉は,閉殻筋と開殻筋の二種類の筋肉が収縮することによって行われます.一般的に筋肉系は,筋収縮による力を効果的に利用するために,空間構造的な効率化と付着領域の最適化が図られる傾向があります.そこで,現生種の解剖から見出せる特徴に基づき,ワーゲノコンカの筋肉系を復元すると,現生種と同様の貧弱な筋肉系であることがわかりました.しかも,腕足動物の開殻筋は動物の中でも抜群に遅い収縮速度を持った持久筋であることが知られています(完全収縮に3時間).したがって凹凸形態種は,広い開閉だけでなく,力強い開閉も行うことができないことが明らかとなりました.
関節構造と筋肉系の復元によって解明した凹凸形態種の殻開閉システムは,広く力強い開閉によって能動的に水交換を行うことができない非活発な生活様式であったことを意味します.また,現生種に見られる能動的な繊毛運動は,多くの凹凸形態種に想定される未発達な触手冠にはそれほど期待できそうにありません(腕隆起).むしろ,奇怪な凹凸形態の殻を流水中に置くことで,受動的に周辺の水を殻内側へ流入させていたと考えられます.
2.受動的水交換システムの検証
殻開閉システムの復元によって導き出された「受動的な水交換」仮説を検証するために,ワーゲノコンカの殻形態模型と流水装置を使って,流れの可視化実験を行いました.
その結果,あらゆる方向からの流水に対し,殻まわりの水が耳の開口部から流入し,屈曲部先端の開口部から流出しました.また,流入した水は殻の内側で渦となることがわかりました.
殻形態の流体力学的特性は,1)耳の開口部への加圧,2)屈曲部先端の開口部付近に生じる負圧,の関係によって,安定した流体の挙動を生み出していると考えられます.そして,一巻きの渦形をした触手冠は,殻内側で生じる渦流から,効果的にエサを濾し取ることに適しています.
したがって,流水環境下でわずかに殻を開けたワーゲノコンカは,殻内外の水を受動的(自動的)に交換できる適応形態であることが立証されました.
※『凹凸形の殻に隠された謎―腕足動物の化石探訪』(東海大学出版会)から一部抜粋
殻開閉システムの復元
Shiino, Y. and Suzuki, Y., 2007. Articulatory and musculatory systems in a Permian concavo-convex brachiopod Waagenoconcha imperfecta Prendergast, 1935 (Productida, Brachiopoda). Paleontological Research, 11, 265-275. doi:10.2517/1342-8144(2007)11%5B265:AAMSIA%5D2.0.CO;2 [abstract]
受動的水交換システムの検証
Shiino, Y. and Suzuki, Y., 2011. The ideal hydrodynamic form of the concavo-convex productide brachiopod shell. Lethaia, 44, 329-343. doi:10.1111/j.1502-3931.2010.00243.x [abstract]