気になるスミダ! 絵になるスミダ! 音連れるスミダ!(点字物語「天の尺」スカイツリー編を支えてくれたスミダへ)

天の尺と、墨田の人たちとの関係を示す図と写真が載っています。矢印がお世話になった方との関係。宵湖舎(業平)←ひきふね図書館←天の尺(あまのじゃく)→「すみゆめ」(寄合)→江戸に浸かる(青果リレー)↓雨水市民の会、玉ノ井カフェ。それから、さらに、天の尺→さいとう工房(本所)→仕立直や(向島)、すみのわ、すみほり隊、ひらがなネット、コ・イノベーション研究所、その他、北斎関連など。また寄り合いの縁で、門天(両国)、ワーカーズコープなど。写真は、天の尺当日の受賞者(田中さんがスカイツリー型のトロフィーを内内田勝久から、受け取るシーン。さいとう工房での仕立直やさんの車いすで着れる着物実演シーン、青果リレーで中継地点で数人ではい、チーズ。

私とスミダの出会い

上記の図と写真は、「隅田川 森羅万象 墨に夢」イベントの報告会(2020年2月)で点字物語「天の尺」の発表の折、使用したパネルの一枚です。

そこにあるように、『点字物語「天の尺」~手すりで繋がる北斎の娘と私たち』を実施にあたっては、スミダの多くの方々の支えで実現しました。墨田区役所はもとより、

イベントの主催の相棒、というよりは、ほとんど頼りっぱなしでしたが、「隅田川 森羅万象 墨に夢(「すみゆめ」)」実行委員会さんの方々、そして、同じ「すみゆめ」で2019年に夢を実現した(或いは実現中の)方々とその仲間たち…。まあ、私は台東区(谷中)の人間ですが、正直、スミダの勢いには負けます(笑)(谷中のある「日暮里駅」はひぐらしの里、いや、その日くらしの里、ですからねえ、しょせん(笑)それでいいんだとは思いますが…)。とにかく2019年の一年間は、何度も隅田川を渡り、言問い通りで(うーむ、ぶつぶつ、スミダはスゴイ)言問いながら行きかえりしたものでした。以下はその一端のご報告。

私が最初にスミダを知ったのは、まだバブルの頃、東京上野(台東区)の不忍池の下に地下駐車場を造ろうなどという、今から考えても馬鹿げた案が飛び出した時でした。

当然、地下水脈が途切れてしまいますが、そんなことお構いなしのイケイケどんどんの時代。そこに待ったをかけたのが、地域雑誌谷根千(谷中、根津、千駄木という行政区分を超えた文京区と台東区にまたがるエリアとその関連でその先までを見渡した地域雑誌)やそのネットワークの方々(この辺のいきさつは、他の研究誌などに任せます。私は当時は関わりをほとんど持っていませんでした)。そんな時、たまたま参加した不忍池でのシンポジウムに地域雑誌谷根千の森まゆみさんらと共に登場されたのが、墨田保健所の村瀬氏でした。天水桶、路地尊などの紹介があり、とても当時として斬新に感じました。

 当時、私はYKK建材部門(現YKKap)にいて、両国に建つ予定のビルの企画で、販売促進部として提案する立場にいましたので、さっそく、このことを盛り込んでみました。……

 90年代に入り、私自身は独立してしまいましたので、その後のことは分かりませんが、その提案が有効だったかは別としても、両国のYKKのビルは同じ両国の国技館同様、天水桶の役割を立派に果たされています。


当時、1997年には、浅草名所七福神巡りを障害者100人規模で七夕にやろうというグループに誘われて、事務局となったときに出会ったのが、本所のさいとう工房さんでした。当時はバギー仕様のどんなところでも走破するような車いすを持ってきてもらったことから、交流が始まりました。七福神巡りで当時一番の難関であった待乳山聖天の石段でしたが、今では簡易の昇降ケーブルがついていました!(車いすで乗るには狭すぎるのは何とかしてほしいですが…)これは昨年2019年に向島の「青果リレー」に参加しなければ、気付かなかったことかも知れません、思わぬ副産物でした。

2004年にワーカーズコープで仕事を始めると、日雇い労働者のまち、山谷とも関わりが出来、隅田川流域を訪れることも増えました。向島の訪問看護「あゆみ」も他事業所訪問というかたちで顔を出したことも有りました。

2014年頃には、すでにワーカーズコープから離れていましたが、それでも文花エリアにあったワーカーズコープの高齢者の交流施設に、将棋を指しにうかがっていました。そのすぐそばにあったのが墨田区環境ふれあい館で、雨水利用の先駆的活動をされていて、何度か通っています(現在は、向島で雨水市民の会として元気に活動中!)。

また同じころに、ひきふね図書館が新しくできたということで、さっそく行ってみました(2013年)。その時に出会ったのが、東京スカイツリーの点字紙で製作のペーパークラフトの展示作品でした。いずれ、アクセスしてみたいと写真だけ撮っておいたのですが(そこにお名前が載っていたので)、それっきりにしていましたが、まさか、その後に、それを作った宵湖舎さん、そしてそれのアイデア段階での功労者野島さんにその後いろいろとお世話になるとは思ってもみませんでした(2013年のひきふね図書館にはそれ以外にも、すみほり隊の作品も展示されていました)。

そして、車いす伝記作家花田春兆さんが生前に書かれた「鬼気の人」の俳人富田木歩のお墓のある、墨田区の三囲神社。

ここでは、年に一度、昔の火消しを彷彿とする木遣りが行われます。スカイツリーも見守っています!私も江戸時代の火消しに「盲目の鉄」という人が居たという情報を知って、それ以来、時折、こちらの木遣りを拝見に来ていました。

そうして、今回東京スカイツリー®での”点字物語「天の尺」~手すりで繋がる北斎の娘と私たち”、実現へのきっかけとなったイベントが2018年暮れに隅田川で実施されました。「ファスナーの船」です!(私の古巣の企業YKKの作る製品でもあり、かつ、隅田川をするすると航跡で開いて閉じる。なんとも美しい情景を人知れず感じさせてくれる瞬間です(通常は気づかないのですが、ふと、橋の下を覗いた人「のみ」が目をぱちぱちさせてビックリという、これぞアートの神髄!)。

そして、ついに「ファスナーの船」を後押しする「隅田川 森羅万象 墨に夢(通称「すみゆめ」)」に出会う。「隅田川 森羅万象 墨に夢」2019に応募し、採択された15団体の一つ(点字物語「天の尺」実行委員会)となり、助成金と「すみゆめ」実行委員会の方々の心強いサポートを得て、実施へ向け始動!

 始動早々、、向島エリアのパワーに驚く。採択企画の一つ、「江戸に浸かる。」のメンバーと出会い、スミダに足しげく通うきっかけを作ってくれた。うーむ、この野菜のような!瑞々しいパワーと熱気、谷根千エリアにもないかもなあ(というか私自身になかったかもなあ)、うらやましい(よし、パワーのおこぼれ頂戴、といくかあ)。

 と、「江戸に浸かる。」名物の青果リレーに参加することに! 向島の江戸伝統野菜、寺島なすをもってリレーする青果リレーに、谷中エリアにちなんで、谷中しょうが(生姜)をもって走ることに(谷中しょうがは実際には台東区谷中ではなく、荒川区の産物ですが、谷中と名の付く以上、谷中を背負って行こうじゃないですかっ)「しょうがないなあ」の駄洒落もかいちょ~。

 そもそも隅田川流域も青果リレーをするので、台東区側に誰か居ないかなあ、とスミダのドンが思案されているのを見て、あっしも逃げるわけには参りませぬ(笑)。よっしゃ、隅田川のため、一肌脱いでやろうじゃあありませんか(だんだん、玉ノ井カフェでおなじみの講談師、田辺一乃さんになってきた(笑))。

 ということで、2019年は、8月の練習の試走の時から、本番まで、数度に渡り、向島や「江戸に浸かる。」仲間の方たちとご一緒させていただきました。悩み事があっても、とにかく始めてみてから考えるこのスミダの精神! いや~、点字物語「天の尺」で行き詰っていた時だけに、救われましたよ~。体が軽くなるっていうか。。沿道で声をかけてくれる方や、行く先々で、待ってましたとばかり、差し入れしてくれたり、なんか、とっても、普段からのつながりが目に見えて嬉しかったです。初めてなのに、初めての気がしない!こういうグループは居心地がいいですね~。


そして、この「江戸に浸かる。」のイベント本番(そうそう、サンバ体験しましたよ・「江戸に浸かる。」にだけに通用する古銭も宝物です!)を経て、11月10日の私たちのイベント、”点字物語「天の尺」~手すりで繋がる北斎の娘と私たち”を間近にして、参加人数がなかなかまとまらない頃、「えっもちろん、参加しますよ」と率先してそう言って下さった、カッパさん(!)はじめ、多くの「江戸に浸かる。」の方々が参加して下さり(或いは、「いいね」で参加して下さり)、ほんとーに嬉しかったです。(江戸に浸かる。の向島エリアだけでなく、両国エリアの方、亀沢のほうの方や本所にお勤めの方など、ホントーに助かりました~)。

イベントでのご縁でしたが、その合間に通ったのが、こちらの伊藤治療院。とにかく、こちらへ行くたびに、身体が元気になりました! こちらなくして、私の今回のイベントの成就はなかったと思います。すっきり~。