2025.11.14
「170. anneal, annoy ―<an->か<ann->か、はたまた<adn->か、それが問題だ!(2) ―」において、annoy「悩ます」が古典ラテン語で in と odiō を組み合わせた in odiō を語源に持ち、後期ラテン語の inodiāre を経由して 古フランス語の anoier, enoier, enuier から中英語に借用されたこと、そして現代の annoy の <nn> の綴字は announce や ennoble からの類推による可能性があることを見てきた。今回は annoy と同じようにラテン語の in- を語源に持ち、その後フランス語を経由して <i> から <e>、そして <a> へと綴字が変化した anoint を取り上げる。
anoint は「聖油を塗る」(1303年頃初出)、「(油・膏薬などを)塗る」(?1325年以前に初出)を意味する。ラテン語で ‘in, on’ を意味する in- と「…を塗り付ける」を意味する unguere を組み合わせた inunguere を語源に持ち、ラテン語から借用したフランス語の enoindre の過去分詞 enoint から中英語に借用された。『英語語源辞典』では中英語期の主な語形は enointe(n) とされているが、OED によると中英語期には動詞では a-, e-, y- で始まる綴字が、形容詞では a-, e-, i- で始まる綴字が用いられ、e- で始まる語形は16世紀まで見られたようだ。a- で始まる語形については、接頭辞 on- の異形 an- や過去分詞を表す接頭辞 y- が弱化した a- との連想による可能性が示唆されている(OED, “†Anoint, Adj.”)。また、i-, y- で始まる語形は接頭辞 y- が付く過去分詞との連想で促進された可能性があり、それは anoint の a- で始まる語形が、過去分詞を表す y- が弱化した接頭辞 a- であると再分析されたことによって促された可能性も示唆されている(OED, “Anoint, V.”)。中英語期にはフランス語由来の e- で始まる語形と、語源の異なる接頭辞との連想による a- で始まる語形や i-/y- で始まる語形で揺れていたが、最終的に a- で始まる語形が標準の綴字になったことになる。
annoy は他の <nn> を持つ語からの類推によって二重の <n> を持つことになったが、OED によると anoint にも annoynt, annoynte, annointe, annoint, ennointe, ennoynt, ennoynte, ennoint のように <nn> を持つ異形が見られた(“Anoint, V.”)。どちらの語も語源には <nn> の綴字はないものの、annoy は <nn> の綴字が標準となり、anoint は1つの <n> の綴字が標準になったのはなぜなのだろうか。
後書き
OED によると anoint には enoyncte のように -ct- を含む異形が初期近代英語期に見られ、これは古典ラテン語の inunct-(inunguere の過去分詞幹)または unct-(unguere, ungere の過去分詞幹)を参照したものである可能性があるという(“Anoint, V.”)。標準の綴字とはならなかったが、ラテン語の語形を参照した語源的綴字と考えられるだろう。
参考文献
「Annoy, V. & N.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
「Anoint, V.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
“†Anoint, Adj.” Oxford English Dictionary Online, www.oed.com/dictionary/anoint_adj?tab=etymology. Accessed 14 November 2025.
“Anoint, V.” Oxford English Dictionary Online, www.oed.com/dictionary/anoint_v?tab=etymology. Accessed 14 November 2025.
キーワード:[analogy] [folk etymology] [etymological spelling] [Latin] [French]