2025.11.5
anger は1250年頃に初出し、「怒り、敵意」の意味に加えて1500年以前までは「†苦悩」の意味も表した。anger は古ノルド語で「悲しみ、苦痛」を意味する angr から借用され、これはゲルマン祖語の *anȝaz-「狭い」、印欧祖語の *angh-「きつく締めつけられた、苦しい」に遡る(印欧祖語の /gh/ からゲルマン祖語の /g/ への変化はグリムの法則(Grimm’s law)によるものである)。したがって、「苦悩」が anger の原義ということになる。「苦しみ」から「怒り」への意味変化(semantic change)について、『英語語源ハンドブック』には「古ノルド語から借用された当初は強い不快感や不満感を表すのに使われたが、これと並行し、その原因となるものや人に対する反感や敵意をも表すようになった。やがて不快感や不満感よりも反感や敵意の方の意味が強くなり、そこから「怒り」の意味が発達した。」(p. 14)と説明されている。また、『英語語源辞典』はこの意味変化について、古フランス語の engrès, engrais「激しい、猛烈な、悪意のある」(一説にはラテン語の ingressum「入ること;敵意を持った入場」から発達したとされている)の影響が考えられるとしている。
angry は anger に形容詞を造る接尾辞 -y を付けたもので、初出は1375年とされている。当初の語義は「†心配している」(1485年までで廃義)で、「怒っている;怒りっぽい」の語義は1385年頃から見られる。
anger, angry と同じ印欧祖語 *angh- に遡る語には、anguish「苦悩、苦悶」や anxiety「心配、切望」などがある。anguish は名詞としてはおそらく1200年以前に初出したとされており、動詞の「苦悩する」の語義では1338年以前に初出した。名詞の anguish は、印欧祖語の *angh- からラテン語で「狭い」を意味する angustus となり、 angustiam「狭いこと」に派生すると、そこから発達した古フランス語の anguisse, angoisse から借用された。中英語期には既に angwisshe などの語形が用いられていたが、これはフランス語の -ss-(/s/ と発音)が口蓋化(palatalisation)し、/ʃ/ の発音になったことを表している。詳細は「6. abash、そして-ish」を参照いただきたい。
参考文献
「Anger, N.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
「Angry, Adj.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
「Anguish, N. & V.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
唐澤 一友・小塚 良孝・堀田 隆一『英語語源ハンドブック』研究社、2025年。
キーワード:[semantic change] [Grimm's law] [palatalisation] [-ish] [Old Norse] [Germanic] [Indo-European] [Latin] [French]