2025.8.9
ail は古英語期から用いられている動詞で、古英語では「悩ます」を意味した。1410年から「悩む」の語義が生じたが、これは『英語語源辞典』によると動詞に前置された目的語が主語と誤解されたことによって生じたという。また、1425年頃から「病む、加減が悪い」の意味でも用いられている。
ail もまた現代英語では <ai> の綴りで /eɪ/ と発音するが、ail は前回・前々回の記事で取り上げた aid や aigrette のようにフランス語から借用した語ではなく、英語本来語である。『英語語源辞典』によると中英語での語形は eile(n)、古英語での語形は eġlan であり、現代英語よりも発音に近い綴字であった。ちなみに eġlan は「面倒な、厄介な」を意味する eġle から派生したもので、印欧祖語で「気落ちする、恐れる」を意味する *agh- に遡る。
Upward and Davidson では、古英語における前舌母音(字) æ や e の後の語中の g は、一般的に近代英語期までに発音されなくなるか、母音に取り込まれて <ai> と綴られるようになったと説明されており、ail と同じように古英語での <eg> から <ai> に綴字が変化した語として、leȝer > lair, seȝ(e)l > sail が挙げられている (pp. 45–46、尚 <<ȝ>> は古英語期に一般的に用いられた <g> を表す字形である)。OED の語形欄によると、<ai>/<ay> の綴字は中英語期から見られ、16世紀まで <ei>/<ey> の綴字と揺れていたようだが、なぜ古英語・中英語の語形に連なり、発音に近い <ei> ではなく <ai> で綴られるようになったのか、引き続き調べていきたい。
参考文献
「Ail, V.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
“Ail, V.” Oxford English Dictionary Online, www.oed.com/dictionary/ail_v?tab=forms#7891922. Accessed 9 August 2025.
Upward, Christopher, and George Davidson. The History of English Spelling. Wiley-Blackwell, 2011.
キーワード:[spelling-pronunciation gap] [Indo-European]