2025.6.7
ache は古英語から用いられている語で、動詞「痛む」は中英語では ake(n)、古英語では acan と綴られ、ゲルマン祖語の *akan、印欧祖語の *ag-、*ak- に遡る。ちなみに同じ印欧祖語から発達したラテン語は acere、ギリシャ語は akḗ である。名詞「痛み」としての ache は中英語では ache、eche、古英語では æċe (<ċ>は /k/ が口蓋化した /tʃ/ の発音であることを示すが、古英語の写本などで実際にこのように表記されていた訳ではない)と綴られ、動詞の acan から派生したものである。
現代英語の ache は<ch>の綴字で /k/ と発音するが、英語本来語で古英語から動詞では /k/ 、名詞では /tʃ/ の発音が既にあり、しかもギリシャ語で同じ印欧祖語に遡る語は<k>で綴られているので、「24. academy」で取り上げたようなギリシャ語の語源を反映した語源的綴字ではない。『英語語源辞典』にはこの発音と綴字の関係について、他の項目よりも比較的長い説明を加えているので、そのまま引用する:
OE以来動詞は ake,名詞は口蓋化された ache というように区別されていたが (cf. speak — speech, break — breach, wake — watch),17Cごろから発音および綴りの上で混同が起こった.すなわち名詞は動詞に吸収され /éɪk/ となったが,綴りの方は逆に名詞形 ache が一般化した.Dr Johnson はこの語の語源を無関係の Gk ákhos pain, distress と誤解して ache /éɪk/ が語源的に正しい形だと述べ,この語の綴りと発音を決定することになった.(p. 11)
古英語から動詞と名詞で発音が区別されており、中英語から名詞で<ch>の綴りが用いられて綴字上でもより区別されていたが、近代英語期に動詞と名詞で発音と綴字が混同し、最終的に標準として定まった発音は動詞由来、綴字は名詞由来でちぐはぐな対応関係になったことになる。さらに、この発音と綴字の対応関係を決定づけたのは、1755年に A Dictionary of the English Language を編纂したかの Samuel Johnson が無関係のギリシャ語を ache の語源であると誤解したことによるというのが興味深い。語源研究が進む過程で、その時代ごと、あるいは個人によって「正しい語源」と考えられるものは異なっていたことを今後の研究でも頭の片隅に入れておく必要があるだろう。
参考文献
「Ache, V. & N.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
キーワード:[spelling-pronunciation gap] [confusion] [palatalisation] [Greek]