Atomic image reconstruction

光電子ホログラフィ
原子像再構成

原子配列の再構成計算- 序

光電子、オージェ電子ホログラムから、原子配列を再構成するアルゴリズムは、1988年から、現在に至るまでの長期にわたって研究されてきました。ほとんどがフーリエ変換を利用するアルゴリズムです。主なものをまとめてみました。

Barton 法[1][2]

最初に提示された、原子配列を求める計算方法。単純なフーリエ変換を利用する。最初に単一エネルギーの計算方法が示されたが[1]、すぐに多重エネルギー法に拡張された[2]。単一エネルギーでは、共役像と呼ばれる虚像が取り除けないためである。しかしながら、光電子を利用した場合は、強い前方散乱により原子像は明確に再現はできない。現在は、蛍光X線ホログラフィーで良く使われる解析法になっています。

前方散乱の強度を補正する方法[3]

強い前方散乱ピークが原子配列の再生を妨げているため、前方散乱の散乱振幅を補正してフーリエ変換する方法。しかしながら、散乱振幅だけでなく、空間周波数も前方散乱領域で変化しているため、うまく原子配列を再構成できない。

Small cone 法[4]

前方散乱ピークの部分を取り除いて、フーリエ変換する方法。前方散乱ピークの同定に主観が入りやすい。原子像も明瞭ではない。

Near node holography[5]

電子双極子遷移で、光電子が出てこない方向(node)の近くに、電子アナライザーを固定し、サンプルを回しながらパターンを計測する方法。前方散乱ピークがアナライザーの方向に来たときには、nodeの影響で、前方散乱の強度が弱くなる。ホログラムから、フーリエ変換で原子配列を求める。

 特殊な配置になるため、「励起できる内殻がs状態に限定される(p, dはnodeを持たない)」「光電子強度が弱い」「オージェ電子はnodeが無いため利用できない」「基本的に多重エネルギー(放射光)が必要である」などの問題点がある。

Differential hologarphy[6]

多重エネルギーで得られたホログラム同士の差分をとることで、前方散乱効果をなくし、フーリエ変換する方法。

「差分をとるため、非常に高精度のホログラムが必要(光電子の強度が弱いことに相当)」「多重エネルギー(放射光)が必要」「前方散乱領域の像が再生できない」という問題点がある。

このように、色々な測定法や計算法が提案されていますが、どれをとっても、実用的に原子配置を得ることは難しい状況です。これらを全て解消したのが次に述べる SPEA アルゴリズムです。

[1] J. J.  Barton, Phys. Rev. Lett., 61, 1356 (1988).

[2] J. J.  Barton, Phys. Rev. Lett., 67, 3106 (1991).

[3] B. P. Tonner, Zhi-Lan Han, G. R. Harp and D. K. Saldin, Phys. Rev. B, 43, 14423 (1991).

[4] S. Y. Tong, H. Li and H. Huang, Phys. Rev. Lett., 67, 3102 (1991).; S. Y. Tong, H. Li and H. Huang, Phys. Rev. B, 51, 1850 (1995).;H. Wu and G. J. Lapeyre, Phys. Rev. B, 51, 14549 (1995).

[5] J. Wider, F. Baumberger, M. Sambi, R. Gotter, A. Verdini, F. Bruno, D. Cvetko, A. Morgante, T. Greber and J. Osterwalder, Phys. Rev. Lett., 86, 2337 (2001).

[6] S. Omori, Y. Nihei, E. Rotenberg, J. D. Denlinger, S. Marchesini, S. D. Kevan, B. P. Tonner, M. A. Van Hove and C. S. Fadley, Phys. Rev. Lett., 88, 055504-1 (2002).


SPEA アルゴリズムは、量子力学的な散乱計算と情報処理科学計算が融合した計算法です。

上記のようにフーリエ変換では、原子像を再生することはできません。電子が原子によって散乱されるプロセスの荒い近似をすると、三角関数を基底とした関数でホログラムを表すことができるため、フーリエ変換が適用できると考えられました。しかしながら、実際は単純な三角関数でホログラムを表すことはできません。そこで、正確な散乱計算を取り込む必要があります。SPEAでは、光電子散乱シュミレーションソフトウエアTMSPで培った技術が用いられています。電子が1つの原子によって散乱される過程をシミュレーションすると、散乱によって形成されるパターンが得られます。これを散乱パターン関数と呼びます。実際のホログラムは、複数の原子によって散乱されて得られるものですが、そのホログラムのパターンは、1つ1つの原子が作る散乱パターンの単純和で近似できます。したがって、この散乱パターン関数を基底関数にとって、ホログラムを解析すれば原子像が得られることになります。

ただし、問題があります。光電子ホログラムは、光電子の放出分布を測定すると得られますが、半球面上を1°ステップで測定すると、測定点は2万点程度です。±1nmの空間を0.01nmでメッシュ状に区切ると、約800万点あります。これが未知数です。測定点が既知の値であり、未知数800万、方程式数2万の連立方程式になります。これを解けば原子像が得られることになりますが、基本的には解けません。

 そこで情報科学の方法を使います。当初は最大エントロピー法を使用した SPEA-MEMを開発しました。得られる原子像の情報エントロピーは最大であるという仮定をして計算したものです。これは当初うまく動作ました。ただし非線形による収束法なので、ラグランジュの未定定数設定にミスが有ると、振動解に陥る場面がありました。

 次に、機械学習で使われているL1正則化 (Lasso)による方法を開発しました。原子の分布を表すメッシュの点は、ほとんどが0であり、原子のあるところのみ値があります。つまり疎な解を探索することになります。そこで、最急降下法とLassoを組み合わせた、SPEA-L1 を開発しました。MEMにくらべて収束コントロールがしやすくなっています。この方法は光電子ホログラフィーだけでなく、蛍光X線ホログラフィーの解析用も開発して、使われています。