杉田玄白(すぎたげんぱく)
生没年: 1733年 - 1817年
出身地: 若狭国小浜(現在の福井県)
杉田玄白は、日本初の解剖学書「解体新書」の翻訳者として知られています。オランダ語の解剖学書『ターヘル・アナトミア』を基に、前野良沢らとともに翻訳を行い、日本における近代医学の礎を築きました。この翻訳作業を通じて、西洋医学の正確さと日本の医学との差異に驚嘆し、学問の重要性を認識しました。また、蘭学の普及を目指し、後進の教育にも力を注ぎました。
(早稲田大学図書館所蔵)
フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト
生没年: 1796年 - 1866年
出身地: ドイツ バイエルン地方
シーボルトは19世紀初頭に日本に滞在し、日本と西洋の医学交流に大きく貢献しました。長崎の鳴滝塾で多くの日本人医師を指導し、近代医学の知識を日本に広めました。また、植物学や動物学にも精通し、日本の生物多様性を記録した功績があります。帰国後は『日本植物誌』を出版し、日本の自然と文化をヨーロッパに紹介しました。シーボルト事件(禁制品の持ち出しによる国外追放)を経て再来日を果たし、日本との交流を続けました。
(長崎歴史文化博物館所蔵)
佐藤泰然(さとうたいぜん)
生没年: 1804年 - 1872年
出身地: 下総国佐倉(現在の千葉県)
佐藤泰然は蘭医学の名門、佐倉順天堂を創設した医師です。順天堂は日本における西洋医学教育の拠点となり、多くの優れた医師を輩出しました。泰然は蘭医学のみにとどまらず、日本の伝統医学との融合を図り、患者の治療において実践的なアプローチを重視しました。また、佐倉藩と連携して地域医療の向上に寄与し、日本の医療発展に大きく貢献しました。
(順天堂大学所蔵)
笠原良策(かさはらりょうさく)
生没年: 1809年 - 1880年
出身地: 福井藩(現在の福井県)
笠原良策は、福井藩の医学所で本草学を学び、その後江戸で磯野公道に漢方を学びました。さらに、蘭方医の大武了玄や日野鼎哉に師事し、蘭学を深めました。彼の最大の業績は、牛痘苗(種痘)の輸入と普及です。1849年にオランダ船が長崎に持ち込んだ牛痘苗を福井に持ち帰り、福井藩内や北陸の近隣諸藩に種痘を広めました。これにより、多くの人々が天然痘から守られることとなりました。この経緯は2025年1月24日公開の映画「雪の花-ともに在りて-」で描かれています。
(福井市郷土歴史博物館蔵)
緒方洪庵(おがたこうあん)
生没年: 1810年 - 1863年
出身地: 備中足守藩(現在の岡山県)
緒方洪庵は日本の蘭医学を代表する医師であり、教育者としても知られています。彼は適塾(大阪大学医学部の前身)を設立し、後進の医師たちを育成しました。西洋医学を学ぶためにオランダ語を習得し、蘭書の翻訳や解説を通じて、多くの人々に西洋医学の知識を広めました。また、天然痘の予防接種である種痘を日本で普及させ、感染症予防の先駆者としても評価されています。
(大阪大学適塾記念センター所蔵)